浅草・仲見世のそばにある「あまからくまから 浅草店」は、東京・人形町に本店を構える「あまからくまから」の2号店です。もともと沖縄料理を提供していましたが、2024年秋に完全ジビエ業態としてリニューアル。以来、鹿や猪、熊、穴熊など、多彩なジビエを扱う専門店として注目を集めています。
厨房で腕を振るうのは店長の中里さん。かつて本店の調理スタッフとして働いていましたが、ジビエ業態への転換をきっかけに食肉の扱いを一から学び、現在は浅草店の中心的存在となっています。
誰もが食べやすい「えぞ鹿ランプステーキ」
あまからくまから浅草店でご紹介いただいたのは、お店自慢の2品。ひとつは北海道白糠町産の「えぞ鹿ランプステーキ」(3,300円・税込)、もうひとつは「穴熊のすき焼き鍋」(7,800円・税込)です。どちらも看板料理として人気を集めています。
えぞ鹿ランプステーキでは、「ランプ」と呼ばれるもも肉が使用されています。赤身主体で脂は少なく、淡い甘みと鉄分の香りがあり、上品な旨味が特徴です。
調理はまず真空状態で低温調理を行い、中心までしっとりと火を通します。その後、鉄板で表面を香ばしく焼き上げる二段構成です。
盛り付けの際は、細粒の塩を軽く振り、赤ワインとトマトをベースにしたソースを合わせます。さらに、コケモモと粒マスタード、バルサミコを使ったソースが添えられます。このソースと赤身肉との相性は抜群です。
一見シンプルな調理に見えますが、肉の水分や旨みを逃さない低温調理のおかげで、食感は柔らかく、噛めば噛むほどに上品な旨味が口の中に広がります。繊細な火入れと丁寧な処理により、肉本来の風味が際立ち、非常に食べやすく仕上がっています。
「見た目はレアでも、中心部まで火が通っています。生ではなく“しっとりと火が入った”状態に仕上げています」とは中里店長。火入れの正確さは、安全性だけではなく、味の完成度にも直結しています。
美味しさと安全の両立。あまからくまから浅草店のえぞ鹿ランプステーキは、その象徴ともいえる一皿です。丁寧な火入れと管理の積み重ねが、敬遠されがちなジビエを誰にでも食べやすい料理へとその味を押し上げています。
お店のもう一つの看板メニュー「穴熊のすき焼き鍋」
もう一つの看板料理は、穴熊の肉を使ったすき焼き鍋です。穴熊は脂の質が非常に良く、甘みが強いことが特徴。お店では秋から冬にかけて脂のノリが良い個体を選び、すき焼きにしています。
割り下はやや薄味に整え、肉そのものの風味を際立たせ、卵をつけずにそのまま食べるスタイルとなっています。春菊やネギ、豆腐などと一緒に軽く煮ることで、脂の旨味が全体に染み込み、鍋全体の味にも厚みが出るのです。
「穴熊は火を入れすぎると脂が溶けてしまいます。煮込みは1分程度が目安です」と中里さん。短時間で仕上げることで、口の中でとろけるような食感と甘い香りが楽しめます。
締めには、残った割り下にご飯と卵、ネギを入れた雑炊がおすすめだとか。穴熊の脂がご飯に絡み、旨味を余すところなく感じられること間違いナシです。
全国から届く野生鳥獣肉
同店で出されているジビエは、釧路の処理施設から直接仕入れているそうです。そこに鳥獣を搬入するハンター一人ひとりとも深い関係を築いているため、安定した品質と供給体制が整っているのだとか。取り扱うジビエは鹿や猪のほか、ヒグマ、ツキノワグマ、そしてキョン(外来種)など、季節や入荷状況に応じて扱う食材が変わります。時期や産地によって個体差が大きく、仕込み方をその都度調整するのが特徴です。
「穴熊は脂の厚さや肉質は一頭ごとに違います。薄いものは角煮等の煮込み料理に、脂が多いものはすき焼き鍋に使います」と中里さん。まさに“素材を見て料理を変える”のがこの店の持ち味です。
また、熊肉は秋田県産のツキノワグマや北海道のヒグマを使用。ステーキや鍋で提供しており、どちらも価格は1万円前後。食べ比べると風味の違いが明確で、「どちらが好きかはお客様によって分かれる」とのことです。同じクマでも全く異なるという味、どちらも食べてみたくなる解説でした。
観光地・浅草ならではの客層も
浅草という立地も、ジビエ料理にとって大きな追い風となっています。平日でも外国人観光客が多く、店を訪れるお客のうち、海外からの来店は全体の3割近くを占めるそうです。とくにアジア圏からの来客が多く、「日本のジビエを食べてみたい」という声もあるとか。
一方で、国内客の多くは“初めてのジビエ”を体験しに来る人たち。お店では、まず鹿や猪といった食べやすい料理をすすめ、慣れてきたら穴熊や熊など、より個性的な肉へと進む楽しみ方を提案されているのだとか。
「若い世代にもジビエを」
中里店長は18歳のころから飲食の世界に入り、20代前半で本店勤務を経て浅草店へ。最初は「ジビエは品質管理や調理が難しいのではないか」と思っていたそうですが、食べてみてびっくり。そして調理を重ねるうちにその奥深さに引き込まれていったとそうです。
「自分自身、ジビエに対する先入観がなくなりました。質の高いジビエは処理と火入れで肉本来の美味しさが引き出せるし、味がしっかりしている。若いお客さんにもどんどん食べてほしいですね」と話します。
そんな若い層を呼び寄せるのが、同店による仕掛け。週刊ヤングジャンプ(集英社)で連載されていた作品『ゴールデンカムイ』で紹介されていたアイヌ料理「チタタプ」をモチーフにした料理と掛け合わせたショート動画を展開。これ見た若者が訪れ、さらにその動画が拡散。そしてまた新しいお客さんがやってくるという好循環を見せています。
また、店舗の2階には出版社にお願いして送ってもらったという『ゴールデンカムイ』の色紙も展示されています。こちらは誰でも見られるため、興味のある方は「チタタプ」をモチーフにした料理を予約して足を運ばれてみてください。
このほか同店の客層にはトレーニングや体づくりをしている人も多いそうです。高タンパク・低脂質の鹿肉は、健康志向の層にも人気があるとのことです。
“一期一会”の一皿を浅草で
「鹿肉の端正さ」と「穴熊の芳醇な脂」。このまったく性格の違うふたつのジビエを、同じところで楽しめるのがあまからくまから浅草店の魅力です。もちろんどちらの料理も、野生肉の力強さを感じさせながら、繊細で洗練された味わいに仕上がっています。
そして季節や入荷によってメニューが変わるのも、このお店の醍醐味です。「いつ来ても同じ味ではない。それがジビエの魅力です」とは中里さん。お店の冷凍庫には全国各地から届いた肉が並びます。
「命をいただいて料理するという意識が、他の食材よりも強くなりました。扱うほどに、自然とのつながりを感じます」
その言葉どおり、厨房での所作にはムダがありません。包丁の角度、肉の切り方、盛り付けの順序。どれも丁寧で、素材への敬意がにじんでいます。
浅草という観光地にありながら、静かな職人の仕事の場所でもある。自然と人、野生と技術。その境界を軽やかに行き来する一皿が、訪れる人の“ジビエ観”を変えていくことでしょう。
あまからくまから 浅草店
- 公式サイト: https://amakara9.com/
- 住所:東京都台東区浅草1-20-5
- TEL:03-5828-6788 ※要予約
- 営業時間:月、水〜土|17:00~23:00(ラストオーダー22:00) 日・祝日|17:00~22:00(ラストオーダー21:00)
- 定休日:火曜日、12月31日、1月1日、1月2日、1月3日

