西武池袋線・富士見台駅から歩いて数分。住宅街の一角に、木の温もりを感じる小さなカフェ風の店「信州ジビエとスイーツの店 きこりのこみち」があります。
扉を開けるとなかにはテーブル席がいくつかと、その奥に絵本やおもちゃが並ぶキッズスペースがあります。そうです、ここはお子さんも歓迎のジビエ飲食店なんです。
お店のキャッチコピー である「山の恵みを、もっと身近に もっとカジュアルに」をテーマに、長野県産の鹿やイノシシを中心とした料理を、日常の延長線上のランチや晩ごはんとして楽しめる一軒です。
鹿肉ハンバーグ:信州の恵みを閉じ込めた一皿
最初にいただいたのは鹿肉を使った「ハンバーグ・りんごと玉ねぎのソースのBセット」(1,400円・税込)。 中心までじっくり火を通したハンバーグが、木のお盆にサラダとスープ、酵素玄米とともに並んでいます(白米のAセットは1,100円・税込)。
鹿肉は、野山を駆け回るため筋肉質で脂肪が少な く、そのままだとハンバーグにはしづらい食材です。そこで「きこりのこみち」では、長野の特産品である寒天をつなぎに使用。パン粉や小麦粉、卵といった一般的なつなぎは使わず、塩こしょうと寒天だけで肉をまとめ上げています。寒天が水分を抱き込むことで、火を通してもパサつかず、しっとりとした食感を保てるのだそうです。
ソースには、鹿と同じ信州のりんご が使われています。りんごと玉ねぎをじっくり煮詰めたソースは甘みと酸味のバランスが絶妙で、赤身の強い鹿肉に丸みを持たせてくれます。
ソースは「きのこのホワイトソース」も用意されており、どちらかを選べます。こちらもぜひ食べてみたいメニューです。複数人で来られた際には、ぜひともシェアして食べ比べてみてください。
セットのご飯は白米と酵素玄米から選べます。酵素玄米は玄米と小豆を一緒に炊き、寝かせることで酵素を引き出したもの。腹持ちがよく、胃腸にもやさしいと評判で、「体にいいものを子どもにも食べさせたい」という親御さんからの支持も厚いそうです。
スープには鹿の足の骨からとったブイヨンが使われており、コンソメや化学調味料には頼らず、骨から出る旨味だけで奥行きを出しています。
伊那の地元グルメ「ローメン」×猪と駒ヶ根ソースカツ丼×鹿
信州色をさらに強く感じさせてくれるのが、「猪のローメン」(900円・税込)と「鹿肉ミニソースカツ丼」(700円・税込)のセットです。ひとつのお盆のうえに、伊那市のご当地グルメ「ローメン」と、駒ヶ根市名物のソースカツ丼が並ぶ様子は、まるで南信州の食堂をそのまま切り取ってきたかのようです。
「ローメン」とは、伊那市周辺で親しまれているB級グルメです。蒸し麺にキャベツやきくらげなどを合わせ、スープで軽く煮込んだ「焼きそばとラーメンの中間」のような一皿です。本来はマトン(羊肉)を使うのが定番ですが、「ジビエ屋としての顔をはっきり出したい」との思いから、「きこりのこみち」では猪が使われています。
猪の肉は事前に数時間かけて下茹でし、雑味を取り除いてから出汁をとります。そのスープで麺と野菜を煮込むことで、脂のしつこさのない、じんわりとしたコクのある一杯に仕上がります。
提供時にはテーブルにウスターソース、酢、ごま油、にんにく、七味などの調味料がずらり。「お好みの調味料を加えて、自分だけの一杯を作ってみてください」と案内されるスタイルは、本場・伊那の食べ方そのものです。常連客の中には、訪れるたびに配合を変えて「今日は酢多め」「今日はソース多め」と楽しむ方もいるのだとか。
隣に控えるのは、鹿肉を使ったミニソースカツ丼。駒ヶ根では、卵でとじたカツ丼よりも、甘めのソースにくぐらせたカツをのせた丼の方が一般的だといわれています。そのスタイルを踏襲しつつ、豚ではなく鹿で仕立てることで、さっぱりとした後味と赤身ならではの旨味を両立させています。
キャベツの千切りにたっぷりとかかるソースは、いくつかのソースをブレンドした自家製。甘みのあるまろやかな味わいで、子どもから大人まで箸が止まらなくなる一杯です。
おつまみとしても楽しめる「猪の角煮」と「鹿肉のロースト」
夜には、お酒の肴として楽しめる一品料理も人気です。それが「猪の角煮」(800円・税込)と「鹿肉のロースト」(800円・税込)の二品。どちらもライスをつけて定食にすることもできる、ボリュームのあるひと皿です。
猪の角煮は、時間をかけてじっくり火を入れることで、脂身はとろり、赤身はほろほろとほどける食感に。甘辛いタレは、本来は焼き鳥に使われるタレをアレンジしたもので、どこか懐かしさを感じさせつつも、猪の力強さに負けないコクがあります。
一方の鹿肉ローストには、長野県上田市の名物ソース「美味だれ(おいだれ)」を使い、お肉としてのおいしさが際立つ仕上がり。にんにくの効いた醤油ベースのタレを絡めたローストは、赤身の旨味が噛むほどに広がります。
その味は、 「これをおつまみに、お酒を呑みたい。取材じゃない日に飲みに来よう」と思うほどでした。
信州地酒とシードル、ジュースまで「長野推し」のドリンク
こうした料理を支えるのは、信州の地酒やワイン、シードルといったドリンクの数々です。日本酒は季節ごとに銘柄が入れ替わり、店主の荻原さん自身も「長野の酒は蔵元が多く、どれもおいしいのに、県外では名前が知られていないものが多い」と話します。日によってラインナップは変わりますが、飲み比べセットも用意されており、ジビエとともに地酒の世界を楽しむことができます。
そんな信州のお酒のなかでのおすすめが、信州りんごを使ったシードル(りんご酒)です。フランス・ブルターニュ地方にルーツを持つシードル文化をきっかけに、店ではかつて「ブルターニュフェア」を開催したこともあるそうで、その際に提供したガレットや鹿肉のパテとともに、シードルはいまや定番の一本となっています。
アルコールが苦手な人やお子さんには、信州産の果汁100%ジュースがおすすめです。濃いにごりのりんごジュースは、時間が経つと茶色く変化するほど余計な処理をしていないもの。「見た目は素朴でも、子どもたちにはこれが一番人気です」と奥様は笑います。紅茶も長野県産の茶葉を使うなど、グラスの中でも「長野推し」は徹底されています。
スイーツは子どもが手がける「家族のプロジェクト」
店名に「スイーツの店」とあるように、「きこりのこみち」にはデザートメニューも充実しています。ショーケースには、その日ごとにラインナップの変わるケーキや焼き菓子が並んでいます。
スイーツを担当しているのは荻原さんのお子さんです。もともとお菓子作りが趣味で、「お店をやるなら一緒にスイーツをやらせてほしい」と申し出があり、この珍しいジビエとスイーツがコラボしたお店ができあがりました。
そんな家族それぞれが「好きなことを詰め込んだ」お店では、お客さんも好きなことが楽しめます。食事だけさっとすませて帰る人もいれば、ジビエのあとにスイーツとお茶をゆっくり楽しんでいく人もいる。滞在時間も、過ごし方も自由な懐の深さが、このお店の魅力です。
キッズスペースがあるから、子ども連れでも安心
さらに店内でひときわ目を引くのが、壁際に設けられたキッズスペースです。おもちゃや絵本が並び、子どもたちが遊べるようになっているこの一角は、奥様が強くこだわった部分だといいます。
「小さな子どもを連れて外食するのは大変」と感じている保護者にとって、ここは心からくつろげる場所。ママ会や家族連れが利用する際には、2人でも6人掛けのテーブルを使ってもらうなど、ゆとりを持った席の使い方を心がけているそうです。
親御さんたちはテーブルで食事を楽しみながら、すぐそばで遊ぶ子どもの様子を見守ることができ、2~3時間ゆっくりしていくグループも少なくないとのことです。
子ども向けのキッズメニューも用意されており、鹿肉ハンバーグやカレーを小さめのポーションで楽しめます。荻原さんによれば、「普段は小食であまり食べない子が、ここでは完食してしまう」というエピソードも多く、「初めてジビエを食べるのがこの店だった」というお子さんも少なくないそうです。
「山の恵みをもっと身近に、もっとカジュアルに」という約束
ジビエと聞くと、多くの人が思い浮かべるのは、都心のフレンチや特別なコース料理かもしれません。値段も雰囲気もどこか「ハレの日向け」で、気軽に行くにはハードルが高い――荻原さんもそうしたイメージを抱かれていたそうです 。
だからこそ、このお店が目指したのは「入門編」のような存在です。メニューの軸に据えたのは、家庭の食卓にも並ぶハンバーグ、カレー、シチューといった馴染みのある料理。「特別な日」ではなく、「今日はちょっと珍しいお肉にしてみようか」と選ばれる定食屋のような立ち位置を意識されています。
もちろん価格設定も日常目線です。看板メニューの鹿肉ハンバーグの定食は、白米のセットで1,100円、酵素玄米のセットでも1,400円で提供されています。「ジビエだから高くて当たり前」ではなく、「ファーストフードに行く代わりに、少し足を伸ばして来てもらえるくらいの存在でいたい」という思いが、メニュー表の価格にも表れています。
ハンバーグやカレーといった馴染み深いメニュー、子ども連れでも過ごしやすい空間、お手頃な価格帯。どれもが、「気軽にジビエを召し上がって欲しい 」という思いから生まれた工夫です。
山の恵みを、もっと身近に、もっとカジュアルに。信州の森と富士見台の街をつなぐ「きこりのこみち」は、ジビエ初心者にも、すでにその魅力を知っている人にも、誰にも扉を開いて待っている一軒です。
きこりのこみち
- 公式サイト: https://kikorinokomichi.com/
- 住所:東京都練馬区富士見台2丁目17-15 フルリオン富士見
- TEL:080-5152-3602
- 営業時間:月、金~日|12:00~15:30(ラストオーダー15:00)、18:00~21:00(ラストオーダー20:30)、火|12:00~15:30(ラストオーダー15:00)
- 定休日:水曜日・木曜日
- ジビエトの掲載店舗は「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」に基づいた仕入れ、加熱調理等がされていることを確認しています。
- 掲載内容は取材時のものです。営業時間などの最新情報はお出かけ前に各店舗の公式HP等にてご確認ください。

