2024年11月に山梨県にて、エシカル農畜産物の産地見学ツアーが開催されました。東京都内からも近く、足の運びやすい山梨県ですが、そこには人と自然が共生する美しい景観が広がっていました。山梨県で生産されるジビエや農産物について、生産者の方々や地場食材を用いたレストランの方々にお話を伺いました。
当日の参加者は、都内の料理人やメディア関係者合計17名。山梨県のエ鹿ルな食材への期待に胸を膨らませ、ツアーはスタートしました。
「八ヶ岳ジビエ」が届ける高品質な鹿肉の秘密
当日、まず訪れたのは「八ヶ岳ジビエ」の明野ジビエ肉処理加工施設。山梨県は、県内で適切な衛生管理・処理を行なっている鹿専門の処理加工施設を、やまなしジビエ認定施設(現在5か所)として、指定しています。また、その認定施設で認定基準を満たした鹿の肉を「やまなしジビエ」として認証しています。
今回は、鹿の搬入から解体、製品化までを行う明野ジビエ処理加工施設を見学し、「八ヶ岳ジビエ」の五味 誠(ごみ まこと)さん、舞(まい)さんから、お話を伺いました。
「八ヶ岳ジビエ」の取り扱う鹿肉の魅力は、北杜(ほくと)市の山々の恵みを受けた濃い味と臭みのなさです。仕入れ先からも高い評判を得ている「八ヶ岳ジビエ」の鹿肉の秘密は、五味夫妻がこだわり抜いた下処理にあります。
まず一つ目のこだわりは、北杜市内の鹿を運搬する車にあります。鮮度を保つために保冷車で向かい、五味さんが直々に鹿を捕まえ、食材に臭みを残さないように、放血(血抜き)をします。
二つ目のこだわりは、捕獲後2時間以内に終わらせる前処理の早さです。前処理とは、放血のほか、鹿の体重の計測や洗浄、内臓の処理、皮の処理などを指します。北杜市内で鹿を捕らえた場合は、放血をした後、明野ジビエ処理加工施設までの所要時間は約20分。その後に行う前処理の所要時間は約30分です。鹿肉の味を決めるこの行程は、可能な限り早く対応することで、高い鮮度を保つ工夫をしています。
また、前処理が終わった鹿肉は、専用の冷蔵庫で3、4日ほど熟成させることで旨みを引き出しています。このような工夫も、味の濃さについて高い評価が得られる要因の一つでしょう。
前処理の解説を終えると五味さんは、冷凍の鹿肉を出してくださり、私たち参加者に「八ヶ岳ジビエ」の取り扱う鹿肉を見せてくれました。出していただいた部位は、ロース、ヒレ肉、モモ肉です。
ロースはローストに、ヒレ肉はヒレカツに、モモ肉は煮込み料理に使われることが多く、山梨県内のホテルや飲食店での取り扱いが多いそうです。
また、鹿の個体という点でも、「八ヶ岳ジビエ」には大きなこだわりがあります。
鹿の個体差がある中でも、五味さん夫妻は、一定の高品質な鹿肉を皆さんに届けたいという気持ちが強くありました。そこで、実際に発送する鹿肉は、五味さん夫妻が自信をもって届けられるもののみを選別しています。人用に使えないと判断したものは、ペット用の加工をすることで、無駄なく使っています。
「八ヶ岳ジビエ」のこだわりがたくさん見えた見学。本ツアー内でも、ぜひ使ってみたいという声があり、飲食店関係者の方々の興味を大きく引いた内容となりました。
富士山と葡萄畑を望むレストランで出会う、山梨食材と地ワインの饗宴
次に訪れたのは、韮崎(にらさき)市に位置する、葡萄畑に囲まれたフレンチレストラン「La Cueillette(キュイエット)」です。山梨県産食材やヨーロッパを中心とした各地から仕入れる厳選された家禽類・甲殻類を使った料理を提供しています。生産者との対話から、素材の持ち味と魅力を存分に引き出すのは、山田 真治(やまだ しんじ)シェフです。
「La Cueillette」の立地は、山田シェフも自慢のロケーションで、葡萄畑が広がる光景はシェフが修行されていたフランスの片田舎の景色を想起させます。葡萄畑越しに見事な富士山を眺めつつ、今回は、「やまなしジビエ」、有機野菜をはじめとした県産食材を使った特別コースに、山梨の地ワインを合わせていただきました。
最初に運ばれてきたのは、八ヶ岳湧水マスと富士川町産の柚子、リンゴを使ったお料理。横に添えられたレモンのピューレは、近年山梨県で有機栽培が開始されたレモンが使われています。
一口大にナイフとフォークで切り分け、口に運ぶと、新鮮なマスの旨みをフルーツの酸味が程よく引き立てます。
一品目に合わせたワインは、セブンシダーズ・ワイナリーの「甲州スパークリング2022」です。熟した後も、酸味が下がらない甲州種を使っているため、フロマージュブランムースのクリーミ
次に運ばれてきたのは、「八ヶ岳ジビエ」の鹿肉、山梨県産のカルガモ、雉を使ったジビエのパテです。パテの上には、雉、鹿、鳩といったジビエからとったコンソメゼリーがのっています。さらに、甘みの強いあんぽ柿が合わさり、パテにもマッチしています。また、この後に伺う予定の「畑山農場」の紫大根も使われています。
パテはジビエの臭みが全くなく、肉の旨みを感じる匠の一品でした。また、フルーツはもちろん、マスタードや山梨県産のバルサミコ酢とも合い、一口食べるごとにさまざまな表情が見えたのが、印象的でした。
今回合わせたワインは、ダイヤモンド酒造の「シャンテ Y.A vrille 2014」。18か月熟成による深みや甘さを感じる香りが、パテとも相性抜群でした。
三品目は、名水赤鶏のコンフィ、エシカルな食材の一つである黒富士農場放牧卵の温泉卵、八ヶ岳野菜のブルーテの燻製です。胡桃チップの燻煙を閉じ込めた蓋を開けると、ツアー参加者からの期待の声が上がりました。
名水赤鶏は、八ヶ岳で独自の飼育方法で育った鶏で、柔らかさに定評のある食材です。また、黒富士農場は、「やまなしアニマルウェルフェア」認証を受けており、「美味しい卵は健康で元気な鶏から」という想いから、鶏を放牧して育てている農場です。アニマルウェルフェアとは、家畜の誕生から死を迎えるまでの間、ストレスをできる限り少なくし、行動要求が満たされた健康的な生活ができる飼育方法を目指す考え方です。
また、八ヶ岳野菜ブルーテに使われている玉ねぎは、この後訪問予定の「ファーマン」のものを、カブと大根は「畑山農場」のものを使用しています。
鶏の旨み、放牧卵の濃厚さ、野菜のほのかな苦みによって、口の中がまろやかに調和していきました。ブルーテには、とろけた卵黄、鶏と野菜の旨みがしみ出し、パンをつけて食べると絶品でした。また、シャトー・マルスの「穂坂日之城シャルドネ2022」を合わせ、フレッシュな酸がまろやかな口の中をリフレッシュさせてくれました。
そして、本日のメインディッシュ、「八ヶ岳ジビエ」の鹿肉のローストが運ばれてきました。香茸や、穂坂町産セミドライ葡萄と赤ワインのソースの香りが食欲をそそります。鹿肉にナイフを入れると、綺麗な赤みが見えました。旨みのある鹿肉と甘さのあるソースは相性がぴったり。また、葡萄の皮の渋みと鹿肉の少ない脂が持つ甘みの調和も素晴らしい味わいです。
こちらのマリアージュは、中央葡萄種の「あけの 2021」。メルロー主体のワインが持つ自然な風味が、鹿肉のしっかりとした旨みに寄り添います。また、フレンチオークで熟成させた樽感も、より相性を良くしている印象を受けました。
最後に運ばれてきたのは、デザートの富士川町産洋梨キャラメリゼ、アニス風味のグラス(アイスクリーム)やチョコレートなどがのったお皿。そこにさらに濃厚なキャラメルソースをかけていきます。洋梨は完熟したものを使っており、キャラメリゼのほのかな苦みが洋梨の甘さを引き立てます。また、ブラックチョコレートやグラスなど、甘さと苦さのグラデーションを1枚の皿の上で味わえる、印象深いデザートでした。
ペアリングは、サントリー登美の丘ワイナリーの「貴腐 2012」。上品な香りと甘さが、デザートの甘さと苦さと共に溶け合い、貴腐ワインがあって、完成する一皿だと感じたマリアージュを楽しみました。
最後に、本コースを提供くださった、山田シェフに山梨県の食材、特にジビエの魅力を伺いました。
「山梨県は、都内からこれだけ近いにもかかわらず、自然がたくさん残っています。ジビエに関しましては、山梨県の実りある豊かな大地に育まれ、通年美味しい食材が手に入るという魅力があります。さらに、シカ肉の安全・安心を担保する県独自の『やまなしジビエ認証制度』を設け、衛生的で安全なお肉が食べられることも魅力です。そういった取り組みからジビエを取り扱う方はもちろん、農家さんも有機栽培をされるなど、本当に熱心な作り手が多いのが、山梨県の魅力ですね。」
山田シェフ曰く、そういった作り手の姿勢は食材を通して、見えてくるそうです。熱意のある方々によって育てられた食材に、技術と想いを込められた料理。そして、ワインまでこだわり抜いた絶品フレンチでした。
参加者も実際に作り手の顔を見ることや、食材に関する情報を得てから味わったことで、この美味しさには作り手、そして山田シェフの想いが詰まっていることを再認識できた機会となりました。
有機JAS認証
続いて、有機JAS認証を受けている「畑山農場」、「株式会社ファーマン」へ。
有機農業は化学的に合成された肥料および農薬を使用しないこと、並びに遺伝子組み換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業のことをいいます。JAS法に基づき、「有機JAS」に適合した生産が行われていることを登録認証機関が検査し、その結果、認証された事業者のみが有機JASマークを貼ることができます。
自然の摂理を活かす畑山農場の野菜作りとその美味しさ
有機栽培×循環型堆肥×自家採種を実施されている畑山農場では、約4ヘクタールの耕作面積で、年間約40品目の野菜を栽培しています。
農場主の畑山 貴宏(はたけやま たかひろ)さんのこだわりは、なるべくおいしく元気な野菜をお客様に届けること。そのために、使用する肥料も自然の摂理に沿った仕組みを考えています。例えば、動物性の堆肥を使用する際には、動物のエサに着目をします。エサが有機物で、自然のものが多いと、土の中で微生物によってゆっくりと堆肥が分解されていきます。その微生物の死骸が、野菜にとっては肥料となり、吸収されていきます。このように時間をかけ育てると、野菜の味や栄養価が高くなるという分析結果も出ています。畑山さんも時間をかけ、自然の摂理に則った栽培を目指しています。
実際に畑に生えているわさび菜と小松菜を、私たちも畑でいただきました。味付けをしていない状態でも、野菜の味がしっかりとついており、畑山さんのこだわりが野菜を通して見えてきたように感じました。参加者の方々も野菜の味わいに驚き、美味しさを絶賛していました。
農業に新たな価値を。「農業×X」で創る未来
「ファーマン」の井上 能孝(いのうえ よしたか)さんからは、農業の推進と共に、新たな付加価値を生み出す活動について、教えていただきました。井上さんが抱える事業のうち、有機野菜の生産・加工・販売を「ファーマン」がしており、年間で約30品目を生産しています。また、「合同会社樹」では、宿泊・体験の提供をしており、今回話を伺った建物、「AICAFEFARM(アイカフェファーム)」で実際にサービスを提供しているそうです。
体験のサービスとしては、宿泊施設の前に広がる畑から収穫した野菜を、自分で調理したり、シェフに調理を依頼したりすることができます。
井上さんが意識していることは、農業を盛り上げていくことです。鹿し、これまでの方法だけでは担い手が少なくなっていく将来、農業を魅力ある産業として見せることは難しいと感じていました。
そこで、高付加価値で都市部の方から求められるようなことを、地方で実現することをコンセプトとして、農業にさまざまな分野を掛け合わせた事業を展開しています。
野菜を集めて出荷拠点とする施設を作成中とのことで、施設にはソーラーパネルが貼り付けられ、停電等のトラブルで電気供給が遮断されてしまった場合にも、自家発電で持続的に電気の使用ができるように進めています。
「AICAFEFARM」のほかにも、廃校をリノベーションして、学校や会社の研修所としても使えるような事業も進めています。井上さんは農業を盛り上げるため、さまざまな観点から「農業×X」を叶え、農業の魅力を底上げし、子供たちに憧れを持ってもらえる職業にしたいと考えています。
エ鹿ルが息づく山梨で、山梨のこだわり食材を巡る旅
今回の山梨県の産地見学ツアーでは、「八ヶ岳ジビエ」、「La Cueillette」、「畑山農場」、「ファーマン」の見学を通して、食材にかけるこだわり・熱意や、その食材を生かす技術、そして将来にこの魅力を伝える試みに触れることができました。
山梨は環境問題や社会問題に配慮し、より良い社会の実現を目指す「エ鹿ル」な食材に力を入れています。今回、話を伺うことのできた「やまなしジビエ」や「やまなしアニマルウェルフェア」などのほかに、農業分野から脱炭素社会の実現を目指す取り組みである「4パーミル・イニシアチブ」などにも取り組んでいます。
自然のおいしさがたっぷり詰まった山梨の食材に、ぜひみなさんも触れてみてください。
■山梨県のエ鹿ルな取り組みと産業
おいしい未来へ やまなし
https://www.pref.yamanashi.jp/oishii-mirai/
オンラインショップ
https://www.pref.yamanashi.jp/oishii-mirai/ecsite_ichiran.html
4パーミル・イニシアチブについて
https://www.pref.yamanashi.jp/oishii-mirai/contents/sustainable/4permille.html
やまなしジビエ
https://www.pref.yamanashi.jp/oishii-mirai/contents/rich_environment/gibier.html
やまなしアニマルウェルフェア
https://www.pref.yamanashi.jp/chikusan/yamanashiaw.html
八ヶ岳ジビエ
- 住所:山梨県北杜市明野町上手8292-2
- TEL:090-2642-2929
- 営業時間:平日 9:00~16:00
- 定休日:土曜日、日曜日
La Cueillette
- 公式サイト: https://cueillette.jp/
- 住所:山梨県韮崎市穂坂町三ツ沢1129
- TEL:0551-23-1650
- 営業時間:11:30~15:30(L.O.13:00)、18:00~21:00(L.O.18:30)
- 定休日:火曜(祝日の際は営業、翌日休業)、年末年始、その他不定休