函館市の住宅街に、ジビエを焼肉スタイルで楽しめるお店があります。「函館焼肉 喜美(きび)」は、牛肉や豚肉だけではなく、鹿肉を中心にジビエも提供する焼肉店です。ロースタータイプの焼肉台がテーブルごとに設置されており、自分で肉を焼きながらジビエを味わうことができます。
店を切り盛りするのは、店長の旗手武さん。高校卒業後に神奈川の肉屋で経験を積み、函館に戻ってこの店を立ち上げました。オーナーで父の旗手弘二さんとともに、親子二代でジビエの普及に取り組んでいます。
脂付きの「鹿背ロース」は、鹿肉の概念を覆す一品
この店でまず食べていただきたいのが、「鹿背ロース」(1,540円・税込)です。高級部位と知られる背ロース、喜美では赤身に加えて鹿の脂がしっかりとついているのが特徴です。
ロースターの上に乗せると、脂がじゅわりと溶け出し、香ばしい匂いが立ちのぼります。ひと口食べると、鹿の脂の甘みがダイレクトに伝わってきます。赤身部分はしっとりと柔らかく、噛むほどに上品な旨味が広がります。
「鹿肉はさっぱりとした赤身の肉」というイメージを持つ方は多いかもしれません。しかしこの背ロースを口にすると、脂がついた鹿肉がこれほどまでに甘く、力強い味わいを持つことに驚かされます。タレとの相性ももちろん良いのですが、まずは塩で一切れ。脂の甘みをそのまま味わうことをおすすめします。
鹿の脂は冷めると固まりやすく、少しでも時間が経つと食感や風味が落ちてしまいます。居酒屋やレストランのように調理後に提供されるスタイルでは、この脂の甘みを最大限に味わうのは難しいそうです。喜美では自分で焼いてすぐに口に運べます。焼きたての鹿の脂を味わえるのは、まさに焼肉というスタイルだからこその魅力です。
部位の違いが楽しめる「鹿ランプ」と「鹿モモ」
鹿背ロースと並んで注文したいのが、「鹿ランプ(写真・右下)」(1,045円・税込)と「鹿モモ(写真・上)」(880円・税込)です。同じ鹿肉でありながら、部位による味わいの違いがはっきりと感じられます。
鹿ランプは程よく脂を含み、柔らかな食感が持ち味です。やや厚めにカットされた肉をロースターで焼くと、鹿の風味がほんのりと顔を出し、鹿肉らしい深みとして味を引き立てます。タレをつけて食べると、フルーツベースの甘みと鹿の旨味がよく馴染みます。
鹿モモは、よりさっぱりとした赤身主体の味わいです。鹿肉本来のすっきりとした旨味を感じたいなら、この部位から食べ始めるのが良いかもしれません。
背ロース、ランプ、モモ。この三つを食べ比べることで、鹿という食材の奥深さを存分に味わうことができます。そのほか「鹿ヒレ」(1,210円・税込)などもメニューに並んでおり、鹿肉だけでも豊富な品揃えです。
今が食べどき。ヒグマのモモ肉
もうひとついただいた注目メニューが、ヒグマのモモ肉(1,980円・税込)です。仕入れ状況により価格は変動しますが、ヒグマ肉が、喜美では手頃な価格で提供されています。
この価格が実現している背景には、2024年に函館周辺でヒグマの捕獲頭数が大幅に増えたことがあります。「函館も結構クマが取れたので、安価で提供できるくらいまで仕入れ価格が下がったんです」と旗手さん。
ヒグマの肉は、その力強さから想像していたよりもずっとさっぱりとしています。鹿のモモ肉と比べると肉の密度が高く、しっかりとした食べ応えがあります。果物や木の実を食べて育ったヒグマは味が良く、鹿を食べているヒグマは独特の風味が出やすいのだそうです。
「処理施設から出荷されるものは、事前に食肉に適した個体か確認されているので、安心して食べられます」と店長は話します。
牛にもジビエにも合う、試行錯誤を重ねたオリジナルタレ
焼肉の味を左右するタレにも、この店ならではのこだわりがあります。開店前から店長とオーナーが二人で何度も試作を重ね、牛肉にもジビエにも合うタレを完成させました。
ベースにはフルーツと玉ねぎを使い、まろやかながらもコクのある仕上がりです。当初は牛肉用とジビエ用でタレを分けることも検討したそうですが、種類が多いとお客さんが迷ってしまうことを考え、一種類に絞る方針に。その代わりコチュジャンやレモンといった薬味がテーブルに用意されており、好みに合わせてアレンジできるスタイルになっています。
親子でハンター。ジビエの質の高さを保てるその理由
喜美の特徴のひとつは、オーナーと店長の親子がともにハンターであることです。オーナーは、食肉処理施設からの仕入れを担当。店長は、肉屋での勤務経験を活かして店舗での調理と営業を受け持っています。自ら山に入り、猟の現場を知る二人だからこそ、どのように獲られた肉か、部位ごとにどんな特性があるかを熟知しており、この分業体制により、質の高いジビエを安定して提供し続けることができています。
北海道では鳥獣被害防止のため毎年多くのエゾシカが駆除されていますが、そのすべてが食肉として活用できているわけではありません。
「何万頭もの鹿が、食べられることなく廃棄されている。それでは命がもったいない」とオーナーは語ります。喜美で鹿肉を提供し続けることは、親子にとって単なる商売ではなく、山の命を食卓へつなぐ営みでもあるのです。
そのジビエの仕入れ先が、函館市内にあるエゾシカ肉処理施設「Sauvage de hakodate(ソバージュ ド 函館)」です。同施設は北海道エゾシカ肉処理施設認証と北海道HACCP自主衛生管理認証を取得しており、元料理人のハンターが代表を務めています。
クリーンキル(一撃急所射撃)による捕獲を基本とし、捕獲から解体処理までを2時間以内に完了。その後3~5日間の冷蔵熟成を経て出荷される「函鹿(はこしか)」ブランドの鹿肉は、高い品質で知られています。
「鹿の血抜きや解体が丁寧なんですよね。」と解体処理の経験も持つオーナーは話します。ハンター同士だからこそ築ける信頼関係が、お店の味の土台をしっかりと支えています。
ジビエの概念を変える焼肉スタイル
「ジビエだけだとやっぱり抵抗がある方もいるので、和牛や豚も一緒に置いて、『ジビエもあるんだったらちょっと食べてみようかな』って思ってもらえるのが一番いい」と店長は話します。牛肉から入ってジビエに手を伸ばすお客さんもいれば、最初からジビエだけを注文する常連客もいるのだとか。
お客さんの予算はドリンク込みで4,000~5,000円程度。ジビエメニューのなかで人気が高いのはやはり鹿背ロースで、「鹿のイメージが変わった」「こんなに甘いとは思わなかった」という声が多く寄せられているそうです。
「ジビエが当たり前のように各家庭の食卓に並んでくれればいいなと思っています」と店長。その目標に向けて、自分で焼いて食べるという焼肉のスタイルでの提供は、ジビエの美味しさをもっとも素直に伝える手段なのかもしれません。
函館だから出会える、鹿の脂の甘さ
ジビエ料理というと、ソースや煮込みで風味を整えるフレンチや、下味をしっかりつけた和食を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし喜美では、焼いて塩やタレをつけるだけ。それだけで鹿肉の脂がとろけるように甘く、肉の旨味が口いっぱいに広がります。
肉の処理の良さが、シンプルな調理を可能にしている。そしてシンプルだからこそ、素材のポテンシャルがごまかしなく伝わってくる。焼肉というスタイルが、ジビエの新しい入口になっていることを実感させてくれる一軒です。
函館を訪れた際には、ぜひ鹿の脂の甘さを体験をしてみてください。
函館焼肉 喜美(きび)
- 住所:北海道函館市栄町13-4
- TEL:0138-76-6635
- 営業時間:17:00~22:30(L.O. 22:00)
- 定休日:月曜
- ジビエトの掲載店舗は「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」に基づいた仕入れ、加熱調理等がされていることを確認しています。
- 掲載内容は取材時のものです。営業時間などの最新情報はお出かけ前に各店舗の公式HP等にてご確認ください。

