猪のひつまぶし風に感動。麻布の隠れ家で楽しめる素材の味が際立つジビエ「西麻布ワールドネイチャーファーム」東京都港区
西麻布の坂道を登った先。大きな看板があるわけでもなく、初めてなら「本当にここで合っているのだろうか?」と立ち止まって悩んでしまうような場所に、ジビエとオーガニック食材、そしてワインを軸にした小さなお店「西麻布ワールドネイチャーファーム」があります。
もともとは事務所兼、試食スペースとして始まった同店は、お客さんの「ここで食べたい」という声に押されるように気づけばランチ、そして夜はコース料理まで。意図せず“隠れ家”になってしまったというのが成り立ちです。
料理の方向性は明快で、「素材を信じて、余計なことをしない」。ジビエの風味をソースで隠してしまうのではなく、塩や自家製ポン酢などで味の輪郭を整え、肉そのものが持つ甘みや香りを真っすぐに口の中へと届けています。
初めての人でも楽しめるジビエになっている一方で、通には通で個体差というジビエの面白さを提供する。そのバランス感覚が、お店の空気をつくっていました。
土鍋のご飯に甘辛い猪をのせて。「猪のひつまぶし風」で味変の楽しさを
心を掴まれたのが名物の「猪のひつまぶし風」(3,000円・税込)です。土鍋で炊いたご飯に、甘辛く煮つけた猪肉をのせ、蒸らして仕上げる一品です。
ひつまぶし“風”と名乗るのは、形式を真似るためではなく、「味変を重ねて飽きずに食べ切れる構成」にしたかったから、とは店主の福田さん。まずはそのまま、次に卵黄とからめて、最後に出汁とあられをかけて、という流れで、猪の脂の甘さが段階的に表情を変えていきます。
肉はロースを中心に、脂ののった部位を選んで使っているとのこと。甘辛く煮られた猪脂の香りが、ご飯の熱でほどけるように広がります。さらに出汁は鰹と昆布がよく効いており、後半からお茶碗へと注ぐことで一気に味が軽やかになります。
猪の脂を卵黄のコクで押し切るのではなく、最後に出汁でほどく設計があるからため、食べ終わりまで重くなりません。
そしてひつまぶし風のお米にも物語があります。こちらは新潟の十日町市松之山で福田さん自らが手植え・手刈り・天日干しで育てたコシヒカリを使っており、無農薬での栽培にも挑戦されているそうです。ジビエだけでなく、米まで含めて「素材で勝負する」姿勢が、ここでも貫かれています。
蒸気の立ち上がりがごちそうになる「オーガニック野菜と熊のセイロ蒸し」
もう一つの名物が「オーガニック野菜と熊のセイロ蒸し」(4,000円・税込)(今回はツキノワグマを使用)です。せいろの蓋を開けた瞬間、湯気とともに立ち上がる旬の野菜の香りは鮮烈の一言。味付けは一切せず、野菜も肉も蒸すだけ。だからこそ、噛むごとに野菜の甘みが口のなかにじゅわっと広がり、熊の脂の質感もごまかしなく伝わってきます。
野菜は無農薬を中心に、その時期の旬の有機野菜が使われています。この日提供されたのは南房総産の有機野菜。旬の野菜を口に運ぶと、調味していないのに「もう味がついているのでは」と錯覚するほど、火入れによって香りと甘みが濃くなっています。ここに、塩か自家製ポン酢を添えて食べます。
熊肉の食べ方のおすすめは、まず塩。口に入れると熊肉の“甘い脂”と、奥にほんの少しだけ顔を出す熊肉の風味が、ふっと立ち上がります。
このままでも十分に美味しいのですが、福田さんいわく「実際に食べると、ポン酢の方が美味しいと思います」。この言葉が正直で良いです。塩で素材となるジビエの輪郭を確認し、ポン酢で一気に箸を進める。そんな順番が、この料理の正解だと感じました。
熊肉は個体差が大きい食材と言われていますが、このお店では「脂がのっていて、風味も良く、美味しい」と判断できた個体をせいろ蒸しに回しているとのこと。硬さや香りが強い個体は、赤ワイン煮込みなど別の料理で活かしているそうです。
素材の状態を見て出し方を変えるのが、ジビエを日常の皿に落とし込むための技術なのだと思います。
ワインのお店であり、ジビエの入口でもある。あえてソースに寄りかからない理由
西麻布ワールドネイチャーファームでは、ワインも主役です。グラスは手に取りやすい価格帯から用意しつつ、オーガニックのラインはしっかりと良いものを置く。なかでも宮崎・綾町(あやちょう)のオーガニックワインを扱っているという話が印象に残りました。
このお店のお料理は、素材の味を楽しめるようにしたシンプルな味付けなので、オーガニックワインの豊かな香りと料理の香りがぶつかりません。
福田さんが「フレンチのようにソースにこだわるというより、塩でジビエの味を楽しんで欲しい」と話していた通り、ここでは素材の正直さが優先されるのです。その方針のおかげで、ジビエに苦手意識がある人ほど、最初の一口で先入観がほどけてくれるはず。
「風味を味わってこそジビエ」という玄人好みの方向へ寄せるのではなく、食べやすい個体をあえて選び、誰でも美味しいと思える入口を用意する。そのうえで、希望があれば“オスとメスの食べ比べ”のように、香りの違いまで楽しめる提案もできる。入口と奥行きが同居しているのが、このお店の強みなのだと思いました。
予約制の特別を、気負わずに。2回目はコースで、季節の一皿に出会いたい
今回ご紹介した猪や熊といった食材は、在庫や個体差でコンディションが変わります。そのため基本は予約制となっています。とくに牡丹鍋や熊鍋などは事前の相談が安心です。一方で、猪のハンバーグやステーキなど、予約なしでも対応できるメニューも用意されています。
とくにランチタイムには今回ご紹介した2つの通常メニューだけではなく限定のショートコース(3,500円・税込)も用意されており、その日のジビエを使ったローストとパスタが楽しめます。
そして一度訪れると、次からは「もっと美味しいジビエを」と期待してしまうことは間違いありません。
派手な看板はなく、料理は驚くほどシンプル。それでも、口に残る満足感が強いのは、素材の選び方と出し方にブレがないからでしょう。ジビエを特別な体験に閉じ込めず、日常の延長に置き直す。西麻布の隠れ家で出会えた今日の2皿は、ジビエのイメージを確実に塗り替えてくれるはずです。
西麻布ワールドネイチャーファーム
- 公式サイト: https://nwnf.shop/
- 住所:東京都港区西麻布1-8-6 杉下ビル2F
- TEL:070-1254-2247 ※要予約
- 営業時間:月~金・日・祝・祝前|11:30~14:30(ラストオーダー14:30)、18:00~22:00(ラストオーダー21:00)
- 定休日:土曜日
- ジビエトの掲載店舗は「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」に基づいた仕入れ、加熱調理等がされていることを確認しています。
- 掲載内容は取材時のものです。営業時間などの最新情報はお出かけ前に各店舗の公式HP等にてご確認ください。

