ジビエのイベントに行く

害獣を「まちの財産」に。岩手県大槌町のジビエツーリズムで見た、命の有効活用

岩手県 シカ
2026.01.05

12月上旬、「ジビエツーリズム by ジビエト~岩手県おおつち~」のモニターツアーに参加し、三陸海岸に面する岩手県大槌町へ行ってきた。

ジビエツーリズムは単に観光だけを目的としたツアーではなく、「命の利活用」という社会課題に向き合う体験でもある。

野生鳥獣による農作物被害は、全国で年間約160億円にのぼるという。今年の漢字に「熊」が選ばれるほど、2025年はクマの出没と被害が大きな話題となった。しかし農作物に関してはシカやイノシシによる打撃の方がよほど深刻だそうで、農水省が公表している令和5年度(2023年度)の被害額データによれば、クマ(7億円)に対してイノシシ(36億円)、シカ(70億円)と5〜10倍の開きがある。

だが、普段の生活の中で田畑もシカもほとんど見ないためか、東京に暮らすぼくには、「鳥獣被害」や「害獣」などの言葉に正直あまりピンときておらず、どこか他人事のように感じてしまっていた。現実に被害が起きている地域へ行くと、どれくらいの数のシカがいて、具体的にどんな被害があるのだろうか? そして、ハンターによって「駆除された命」はその後どうなっているのだろうか?

これまでジビエを食べた経験すらなかったこともあり、今回のツアーは様々な驚きや学びをぼくにもたらしてくれた。2日間の体験とその気付きをここに記したい。

野生のシカに出会う「ナイトサファリ」体験

東京駅から新幹線とバスを乗り継ぎ、三陸海岸に面する大槌町に到着した。宿へ向かうまでの間には、花巻市でのわんこそば体験や、「滝観洞(ろうかんどう)」(住田町)での洞窟探検を楽しんだ。

しかしより印象深い体験となったのは、初日夜の「ナイトサファリ」である。夜の町を走り、バスの窓からサーチライトを照らして野生のシカを探すというプログラムだ。NPO法人「おおつちのあそび」代表の大場理幹さんから説明を受けたあと、バスに乗り込んだ。

正直なところ、ツアー日程表で「ナイトサファリ」の文字を見た時点では、「野生のシカなんて、バスの車内からではそう簡単に見られないのではないか。見られたらラッキーかな」くらいの気持ちだった。だが、その認識は開始早々に覆された。

向かったのは大槌町の市街中心地からそれほど離れていないエリアで、田畑は広がっているものの、近くには民家もちらほらあった。左右の窓を開けて強力なライトで夜の闇を照らす。すると早々に、

「いた!」

と、左側に座っていた人たちが叫んだ。

慌てて振り向くと、キラリと光る2つの小さな点が、いくつも浮かび上がっていた。

「2つの点」は、ライトに反射したシカの目だった。すぐには逃げ出さず、こちらを見ているようだ。やがてぼくが座っていた右側でも、シカの姿を目撃できた。思っていたよりも簡単に見つかる。

野生のシカを見られたことで、純粋に興奮してきた。動物園で見るのとは異なり、遭遇できたときに胸が躍るような嬉しさがあった。しかし、遭遇率の高さに、次第に驚きの方が勝っていった。

それでも、「今日は風が強いので、かなり少ない方です」と大場さんは申し訳なさそうに言う。

「普段は100頭くらい見られます」

そんなにいるのか。シカたちは夜に農作物を食べてしまうそうだ。人間が暮らす場所に降りてきているシカだけで100頭も現れるなら、森や山の中にはいったいどれだけいるのだろうか。農家への影響が出ないはずがない。

実際、現地の方の話は深刻だった。案内してくれた大場さんは、自分たち用に米作りをしているそうだが、以前300kg分の収穫を見込んでいた田んぼがシカに荒らされ、実際に収穫して精米も終えてみると、わずか90kgまで減ってしまったという。丹精込めて育てた作物が奪われる。その徒労感と悔しさは計り知れない。

ライトに照らされたシカたちは、愛らしい顔をしている。けれど農家の方々にとっては、生活を脅かす「害獣」にほかならない。「かわいそう」だけでは済まされない現実がある。

これまで、シカが農作物を食べるということにピンとこなかったけど、この数のシカを実際に目にし、地元の方の声を聞くと、被害の実感が生まれる。害獣問題が自分ごと化するような気がした。

人里に降りてくるシカを一度も見たことがない都会の人間と、こうした風景を日常的に見ている人、あるいはここで実際に農作業を営んでいる人たちとの間には、シカに対する認識に大きな差があって当然だ。その意味でこのナイトサファリは単なる娯楽ではなく、獣害問題を身近に感じ、そしてそれらと向き合うための、とても良いプログラムだと感じた。

「捕獲しないといけない」ことはわかった。でもあのかわいらしい姿を見ると、「頂戴した命を無駄にしたくはない」という気持ちも同時に湧いてくる。意識は自然と、ジビエに結びつき始めた。

捕獲されたシカの約8割を活用する大槌町の取り組み

翌日は、「おおつちのあそび」の大場さん、工藤さんとともに山の方へ行き、プチ狩猟体験を行った。お二人はハンターでもある。

現地へ向かう前に、ホテルのロビーで獣害対策に関する簡単なレクチャーが行われた。そこで知ったのは、単に「駆除すればいい」という問題ではない、ということだった。

農作物を荒らすシカは捕獲しなければいけない。しかし、獲った命をどうするか。

大場さんによると、たとえば体重60kgのシカから取れる肉は、約20kgだという。これを毎日200g食べ続けたとしても、1頭分を消費するのに100日はかかる計算だ。つまり、ひとりの人間が一年間で食べられる量は、わずか4頭分に過ぎない。

これではハンターがいくら捕獲しても、自分たちや近所へのお裾分け程度では到底消費しきれないのだ。

その結果どうなるか。令和6年度のデータでは、日本全国で捕獲されたシカのうち、約18%しか食肉処理施設で処理されていないという状況で、大半は食べられることなく埋設されたり、焼却処分されたりしているという。これは非常に残念なことだ。

シカも生きるために必死で、人里に降りてきている。しかし人間の都合で、仕方なく捕獲するしかない。そうして頂戴した命に感謝し、できる限り無駄にせず、活用できないのだろうか。

大槌町のすごさは、この文脈での取り組みにある。全国的には約2割しか活用されていない鹿肉だが、この町では約8割が活用されているというのだ。その中心にあるのが、ジビエ加工施設「MOMIJI」の存在である。

MOMIJIでは安心・安全で高品質な鹿肉を消費者に届けるため、ハンターから捕獲したシカの搬入を受け入れる際に厳格な規格を設けている。たとえばハンターは、捕獲したその場で丁寧に血抜きをし、捕獲後1時間以内に工場に搬入しなければいけない。そのようなルールによって維持される品質の高さが、岩手県で初となるブランド鹿「大槌ジビエ」に繋がっている。 単に「食べられる」だけでなく、高い衛生基準と品質基準をクリアした、市場価値のある「食材」として世に送り出しているのだ。

ハンターはMOMIJIにシカを搬入することで報酬をもらえ、MOMIJIは年間1000頭まで受け入れているという。

このブランドを支えているのが、ハンターたちの技術だ。ぼくらはレクチャーのあと、山のふもとで本物そっくりのエアソフトガン を渡された。ずっしりとしているが、実際にハンターが使うライフルはこの倍の重さがあるらしい。

20メートルほど離れたシカのボードを標的に見立て、射撃体験をした。銃の構え方や、狙う場所などを教わった。苦痛を与えず即死させることや、その後の血抜きのことも考え、MOMIJIに搬入するためのシカは頭や首あたりを狙うのだそうだ。

銃を構えるのは初めてのことでドキドキしたが、思い切って撃ってみた。弾は首の横に当たり、大場さんから「惜しい!」と言われた。外れたけど、なんだか楽しかった。

最後に、地面に隠して設置する「くくり罠」の実演もあった。シカが踏むと、ワイヤーが勢い良く脚に締まり、取れなくなる。

試しに棒で罠を突ついてみると、「バチン」と跳ね上がり、その強力さに驚いた。捕獲したあとの処理の仕方も聞いた。すべてが初めて知ることで、新鮮な学びに興奮しながら山をあとにした。

育成されたハンターがシカを捕獲し、MOMIJIが高い基準で加工し、「大槌ジビエ」として世に送り出す。「害獣」をただ殺して捨ててしまうのではなく、「まちの財産」に変えていく。そんな循環システムが、大槌町では機能していた。

おいしいジビエを味わうことが、次の獣害対策につながる

「見る」「知る」「獲る」ときて、いよいよ「食べる」である。今回は創業130年を超える大槌町の名店「割烹岩戸」さんで、鹿のカツレツ、鹿ロースの藁燻製、鹿の田舎煮込み など、大槌ジビエのフルコースをいただけることに。

鹿肉を食べるのも初めてだったぼくは、どうしても「臭いのではないか」「硬いのではないか」という先入観があった。しかし、カツレツをひと口食べた瞬間、その不安は消し飛んだ。まったく臭みがない。そして、驚くほど柔らかい。滋味深い味がした。どの料理もおいしかった。

このおいしさの理由は、もちろん料理人の腕も大きいが、その手前にあるハンターの仕事が欠かせないという。山で獲ったあと、いかに素早く血抜きを行い、処理施設に搬入できるか。そのリレーが完璧につながって初めて、鹿肉は高級食材に生まれ変わる。

もし、以前においしくない鹿肉を食べた経験がある人がいれば、ぜひ大槌ジビエを味わってみてほしい。きっと概念が変わるはずだ。

そして、我々がジビエを食べることが、また次の獣害対策への資金となっていく。それはすなわち、「ジビエサイクル」と呼ばれる循環システムに参加することなのだと実感した。

神秘的な滝観洞と、思わぬ出来事

今回のツアーでは、ジビエに関するプログラムだけでなく、観光要素も楽しめた。

初日に立ち寄った「滝観洞」もそのひとつだ。洞窟の中を歩く経験はこれまでもあったが、こんなに規模が大きく、長い道を歩くのは初めてだった。

ここは約3億年前の地層が地下水によって削られてできた壮大なスケールの洞窟で、ガイドさんの案内で往復約1時間のコースを歩いた。道中では冬眠中のコウモリも発見した。そして最奥に待っていた落差29メートルの「天の岩戸の滝」は神秘的で綺麗だった。

岩手県にこんな場所があるなんて全く知らなかったのだが、こうした予期せぬ風景に出会えるのも旅の醍醐味である。岩手名物のわんこそばも体験したし、大槌町の宿「三陸花ホテルはまぎく」からは、三陸海岸の美しい朝日を拝むこともできた。

そして、ツアー内容からは逸れるが、この地域への信頼を決定づけた出来事があったので、あえて少しだけふれたい。そろそろ寝ようと思っていた初日の深夜、たまたま大きな地震が発生したのだ。12月8日の「青森県東方沖地震」である。青森県八戸市で最大震度6強を観測した。大槌町の震度は4程度だったと思うが、東京では普段経験しない大きさの揺れ、そして津波警報も出ていたことで、いくらか不安もあった。

しかし、ホテルスタッフの対応は素晴らしかった。館内放送が流れ、一度屋上に避難したあと、すぐにホテル前にバスが手配され、安全な高台へ移動。その際、「お車でお越しのお客様、鍵をお預かりします。車を駐車場から高台へ移動させます」と、迷いなく対応していた。

その後、地震の様子を見て、高層階の安全な部屋にすべての宿泊客を移動させてくれ、温かい布団で安心して眠ることができた。

東日本大震災の教訓は、人々の行動の中に確かに生きていると感じた。日頃の訓練の賜物だろう。「何かあっても大丈夫だ」という安心感を持てた。おまけに翌朝は、より安全な場所に会場を変えて、6時45分から予定通りバイキング形式の朝食が提供されたのである。すでに津波注意報も解除

されていたタイミングとはいえ、あれほどの地震が起きたあととしては、信じられない手際の良さだった。

ジビエツーリズムのスタッフや添乗員さんも、ホテルの方と緊密に連携を取りながら対応してくださり、本当に頼りになった。改めて関係者の皆様に感謝したい。

ジビエツーリズムの可能性を感じた2日間

今回、2日間の行程ながらも「見る」「知る」「捕獲する」「食べる」という4つの工程にふれることができ、獣害やジビエについての理解が相互に補完されながら深まってきた。

まだほかにも、「解体」や「調理」など今回体験できなかった要素が残されている。各土地の魅力と結びつけば、ジビエツーリズムの可能性は大きそうだ。それぞれの土地で、ジビエ問題は微妙に異なるだろうし、観光資源に至っては完全に異なる。

今回のようなジビエ体験をできる場所が、全国各地に生まれてほしい。ジビエを味わい、そして土地の魅力にふれる。これは子どもにとっても大人にとっても、大切な学びの機会になるはずである。食への理解や命への感謝が育まれることだろう。

また別の地域でも、このような機会があれば積極的に参加してみたい。わずか2日間の体験ではあったが、「ジビエツーリズムといえば大槌」と言われるような、先進的な取り組みが垣間見えた。

書き手:中村洋太
X:https://x.com/yota1029
note:https://note.com/yota_nakamura

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