茨城県桜川市付近で活動している“狩女子”の“Nozomi”さん。その名前のとおり、鳥獣被害をもたらす野生動物のハンターです。
優秀な営業マンから転身、狩女子になった理由
数年前まで東京でバリバリと営業職をこなす女性でしたが、大好きな祖父が亡くなったあとに広大な畑が残ったことがきっかけとなり、茨城県に移住することに。農業を行うのは老いた祖母だけ、このままだと祖父母が精魂込めて耕し、愛した畑が廃れてしまう…。そこでNozomiさんは、東京での仕事を辞めて、農作業に従事することになったのです。
しかし、なぜ“狩女子”になったのでしょう?そこには畑に侵入し、農作物を食い荒らしてしまう猪の存在がありました。温暖化の影響で、餌を求めて里山近くまで出没する猪が増えたことに加え、地元のハンターが高齢化したことで、猪による被害が増えていったそう。
そこでNozomiさんは一念発起し、“斎藤さん”(写真左)や“アニィさん”(写真右)と共にハンターになることを決心したのです。
2月のとある日、仕かけた罠に猪がかかっていないか確かめに行くというので、取材スタッフもNozomiさんと斎藤さんに同行。罠に猪がいれば、その場で止め刺しをして持ち帰るそうです(もちろん、2人とも罠免許、第1種銃猟免許は取得済み)。初めての経験にスタッフも胸が高鳴ります。
しかし驚くのは、畑から車でたった数分で、罠を仕かけた山(禁銃区)に到着したこと。人が住むすぐ近くにまで猪が出没するのです。畑まで猪が降りて来るのも納得。
落ち葉を踏みしめ山に入っていくと、ちらほらと猪の痕跡が見つかりました。
猪は清潔好きなので、体に付いた泥などを落とすために木に擦る習性があります。獣道以外にも、そういった跡が見られる場所に罠を仕かけていきます。
「先日、ここに大きな猪がかかっていました」とNozomiさん。
その証拠に、罠にかかった猪が必死に暴れて走り回った跡が…。罠をくくり付けていた木を中心に地面が削られていました。
そもそも、罠(ここではくくり罠)とはどういうものなのでしょうか?
猪は米ぬかが大好物なので、まずは罠の近くに米ぬかを巻きます。
獣道に罠をかける場合は、米ぬかはなくても大丈夫。
その下にはワイヤーに繋がれた2層のオケが仕かけられています。米ぬかを食べようとして猪が近付き足を踏み入れると上層オケの踏み板が落ち、その反動で下層オケとの間に仕かけられていたワイヤーが締まり、猪の足を絡め取るという仕組み。
ワイヤーのもう片方は木にきつくくくり付けられているので、ワイヤーに捕らえられた猪はそこから逃れようと必死にもがき、木の周囲をぐるぐると回ります。だから先ほどのように地面が深くえぐられるのです。
普段は枯葉でワイヤーを隠していますが、猪は嗅覚が犬より優れていて、賢い生き物。罠にかかっても逃げられることがあり、また一度危ない思いをした場所には近付かなくなるとか。敵もなかなか手ごわい…。
倒木の上をまたぐ猪の体がこすれた跡を発見。こういった通り道にも、猪が足を着地した瞬間に罠に落ちるようにと仕かけを作ります。が、この日の獲物はありませんでした。残念。
若い世代にも興味を持ってもらいたいからSNSをフル活用
Nozomiさんが手に持っているのは、猪の鼻の先を挟んで生け捕りにするための道具。獲物が大きくなればなるほど大仕事。華奢な女性一人ではできないので、斎藤さんたちと協力することが必須です。
最近では、トレイルカメラ(動物の熱を感知して自動で撮影するカメラ)を仕込み、猪がどこを通ったかなど行動の様子を記録、罠を仕かける際の参考にしています。
狩猟の様子は、斎藤さんがビデオで撮影し、YouTubeにアップ。その模様が全国に配信されます。まだ活動を始めて1年ちょっとですが、狩をする人もしない人も注目している話題の番組に。最初は不慣れな様子だったNozomiさんたちの成長ぶりにも惹き付けられます。
Nozomiさんたちの作業場には、彼女が作った手作りの解体用の道具(つるし台)が。ここに猪を吊るし、皮をはぎ、解体します。
皮はぎ、解体はすべて手作業。いろいろそろっていますが、懇意にしている刃物職人の方がオリジナルで作ってくださったナイフも重宝しています。
銃刀法に抵触しないように、刃物類を入れた箱には厳重な施錠も忘れません。
命を余すところなく使い切るまで、まだ道のりは長く…
初めて捕獲した猪は、なんと100kgほどもある大物だったとか。Nozomiさんたちは、12時間もかかってやっとの思いで解体。果たしてそのお味は?…
「無我夢中だったので、正直あまり覚えていないのです。多分とてもまずかったでしょうね(苦笑)」と斎藤さん。
しかし今では、解体も上手くなり2〜3時間でできるように。絶命する前にきっちり血抜きも行い、下処理の技術も進歩しました。解体した肉は自家用としてのみ保管し、調理に活用。猪の美味しさを知ってもらうため、その様子もYouTubeにアップしています。
「私、実は魚も捌けないんです。それなのに、なぜ猪を解体ができるのかが不思議(苦笑)。ジビエ料理のレパートリーも増えて、ハーブロースト、ベーコンなどの燻製、パンチェッタなど、いろいろ作れるようにもなりました。猪肉に慣れてしまうと、あまりの美味しさに舌が肥えちゃって。普通の豚肉は食べられなくなりました」とは、贅沢なお悩み。
せっかくいただいた命、余すことなくすべて有効に使いたいという思いがあるので、いつかはいだ皮を利用した製品化も…と考えています。
“オタク気質”で研究熱心なのは安全な狩りのため
Nozomiさんたち3人は自営業なので、時間が比較的自由に使えるメリットがあり、このような活動が可能。しかし狩猟や肉の下処理ができる技術を持つ人材が高齢化しているため、猪は飛躍的に増え、農作物の鳥獣被害はなかなか減りません。
それでも、「私たちが猪を捉えて、自分たちの作業場に持って帰る途中、地元の農家さんたちに『猪、取ってくれたの?ありがとう!』とよく感謝されるのがうれしい。やっててよかったと思う瞬間です」とNozomiさん。
もちろん、いいことばかりではありません。暴れまわる猪の捕獲中に命を落としたり、手や指をなくしたりするハンターがいるほど危険な活動であることも事実。
「いつまで経っても慣れるということはありません。猪を捕獲している時は、恐怖で震えることもあります」。
慎重で、研究心旺盛なNozomiさんは、たくさんの書物を読むなど、情報収集を怠りません。安全に狩りができるように、美味しい猪肉を食べられるように。
YouTube で狩や解体の情報を発信しているのも、自分たちが培ってきた知恵を、より多くの人々と共有したいとの思いから。
「私たちに有意義な狩りの情報を教えてくださったのは、大ベテランの猟師さんでした。狩りを始めた時に思い切ってその方にお電話したところ、気軽にご相談に乗ってくださったのです。私たちのようなビギナーに丁寧に教えてくださる方は珍しく、本当に感謝しています。だから、自分たちの拙いながらも学習してきたことを、次の世代に伝えることができたらと思っています」。
Nozomiさんたちがサスティナブルな農業を行いたいという思いから、始めた猪の狩猟。今後どんなハンターに成長していくか、とても楽しみです。