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狩猟、解体から調理まで手がける。山の恵みを丸ごと味わえる「ジビエ料理屋 べんけい」福岡県遠賀郡岡垣町

福岡県 シカ イノシシ アナグマ
2026.03.27

福岡県・岡垣町の山あいにある古民家。周囲には田畑と木々が広がり、いかにも鹿や猪が出そうな場所に「ジビエ料理屋 べんけい」はあります。店主の永山律雄(りつお)さんが、狩猟から解体・加工、そして調理まで手がけるジビエ専門店です。

お店に隣接するのは、永山さん自ら整備した獣肉処理加工施設。捕獲した猪や鹿をすぐに持ち込み、鮮度を保ったまま処理できる環境が整っています。

「どこの誰が捕まえたかわからない、どう処理したかもわからない獲物を信用するのは難しい」と永山さんは語ります。べんけいで提供されるジビエは全て永山さんや猟友会メンバーが有害捕獲した個体を、自らの処理加工施設で捌き、調理して提供されています。

この“山から皿まで”のすべてに自分が関わることこそが、べんけいの料理の味を支えています。

メニューはコースのみ。ジビエをお腹いっぱい堪能

べんけいの料理はコース一択(4,400円・税込)で提供されています。メニューはその時によって異なりますが、今回最初に頂いたのは猪の粗挽きウインナーです。セージ、黒胡椒、ニンニクパウダーで味を整え、燻製にして仕上げた一品です。

ひと口かじると、パリッとした皮の中から肉の旨味がじゅわっとあふれ出します。

続いては鹿のスペアリブの唐揚げです。スパイスをまぶした香ばしい仕上がりで、骨から肉を外すようにかぶりつくと、香ばしさの奥にしっかりとした肉の味わいが広がります。

初めてのお客は焼肉。肉本来の味を知るための入門編

コースのメインは焼肉です。鹿のモモステーキ、若猪のモモ、アナグマ、若猪の肩ロース、猪のバラといった複数の部位が一皿に盛り付けられます。

「本来の味をそのまま味わってほしい」という永山さんの考えから、焼肉の一口目はあえて塩で食べるスタイルとなっています。

鉄板代わりの鍋では、店主の永山さん自らが焼いてくれます。まず脂のある猪の肉から焼き始め、鍋に脂をなじませます。「鹿は脂が少ないので、他の肉の脂が出た後に焼くと格段に美味しくなる」と永山さん。火加減は弱火が鉄則です。強火で一気に焼くと肉の水分が飛んでパサつくため、じっくりと火を入れてしっとりと仕上げるのがポイントだといいます。

味変にはわさび醤油やレモン塩を。わさびは地元の山わさびで、鼻にツンと抜ける辛みが赤身の鹿肉と好相性です。野菜も一緒に鉄板で焼くと、ジビエの脂を吸って驚くほど美味しくなります。

また、面白いことにべんけいでは来店回数によってコースの内容が変わる仕掛けがあります。初回は焼肉、2回目以降はしゃぶしゃぶやすき焼き、3回目以降は炭火焼きや火鍋も選べるようになります。

まずは焼肉でジビエ本来の味を知り、次の来店で別の調理法を楽しむ。「普通に美味しいんだよっていうところを知ってもらうのが最初の目標。特別なタレで美味しいと思われたら、それは肉の力じゃない」と永山さん。

ちなみに焼肉の肉はおかわり無料です。「肉をいっぱい食べてもらわないと在庫が減らないんで」と永山さんは笑いますが、自らも狩猟を行い、仕入れや食肉処理のコストを抑えているからこそ実現できる太っ腹なサービスです。常連になるほどに広がる味の世界は、何度も通う理由になること間違いありません。

締めは鹿汁をご飯にかけて

コースの終盤に登場するのが鹿汁です。鹿の骨の出汁がしっかりと効いた汁をご飯にかけていただくスタイルで、口に含むともつ鍋を彷彿とさせる深いコクが広がります。焼肉で満たされた胃にもするすると入っていき、最後の一滴まで飲み干せる優しい味わいの一杯です。

デザートは永山さんが目の前で作る抹茶味のポップコーン。ジビエのコースの締めくくりがポップコーンというのも、この店らしい面白さです。焼きたてのポップコーンをつまみながら、薪ストーブの火が揺れる店内でゆっくりと過ごす時間は、コースの余韻を楽しむのにぴったりでした。

元理学療法士が猟師になったわけ

永山さんはもともと石垣島で理学療法士として働いていました。狩猟を始めたきっかけは、リハビリを担当していたある患者との出会いです。その方は猟師で、頸椎損傷により手の細かな動きができなくなり、「もう猟ができない」と涙を流していたそうです。その姿を見て「じゃあ俺がやりますよ」と猟の世界に足を踏み入れました。

最初は石垣島で罠猟を始め、独学で技術を磨きました。罠は市販品だと1基1万円以上しますが、ホームセンターの材料を駆使して1基あたり約500円で自作できるまでになったといいます。

その後、地元の福岡に戻り、2021年6月にべんけいをオープン。処理施設も自ら整備し、現在は自らの捕獲分も含めて年間およそ500頭を処理しています。そのうち、所属する猟友会のメンバーが有害駆除員として捕獲する年間約300頭はすべて無料で引き取り、お礼として加工したハムやウインナーを返すという信頼関係を築いてきました。地域のアルバイトも受け入れ、近隣住民の協力を得ながら、地元に根づいた循環型のジビエ事業を営んでいます。

「臭くて硬い」を覆す、解体の技術

「ジビエが臭くて硬いというのは、解体する人間の技術の問題」と永山さんは断言します。捕獲した個体の性別、年齢、健康状態をすべて把握し、状態に応じて肉の出し方を変えるのがこの店のやり方です。脂がしっかりのった個体は焼肉やしゃぶしゃぶに、脂が少ない個体や小さな個体はミンチにしてウインナーやサラミなどの加工品に仕上げます。

「切って出せばいいだけの肉の判断がちゃんとできること。そうじゃない肉をちゃんと加工すること。それが僕の仕事です」。10頭捕獲しても、すべてが焼肉に出せる状態とは限りません。だからこそ加工品の技術を磨き、コースの序盤の料理としてそれらを活かすことで、どの個体の命も無駄にしない仕組みを作り上げています。

ピアノの音色が響く、家族で営む山の食堂

べんけいを訪れてもうひとつ印象的なのが、店内に響く生演奏です。クラシック出身のお母さん・愛子さんがピアノを弾き、それに合わせてお父さんの昭和(あきかず)さんがサックスを奏でる。親子三人で営むこの店には、古民家の空間に音楽とジビエの香りがやわらかく溶け合う、どこにもない温かさがあります。

「ファストフード店に行ったら500円でお釣りが来る時代に、わざわざこの値段を払ってもらうなら、いいものを作っておかないと絶対ダメ」と永山さん。料理人としての修行経験はなく、「料理好きなだけの男」だと自らを評しますが、狩猟の現場で培った素材への目利きと、命をいただくことへの真摯な姿勢が、この店の味を作り上げています。

  • ジビエトの掲載店舗は「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」に基づいた仕入れ、加熱調理等がされていることを確認しています。
  • 掲載内容は取材時のものです。営業時間などの最新情報はお出かけ前に各店舗の公式HP等にてご確認ください。
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