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原点は“環境にやさしい革”。獣皮を獣革に変え、産地に還す「MATAGIプロジェクト」山口産業株式会社 代表取締役社長・山口 明宏

革製品
2021.11.22

革製品をつくるには、動物の皮の腐敗を防いだり、加工しやすくするためにやわらかくしたりといった「なめし」という工程があります。東京都墨田区にある山口産業株式会社(以下、山口産業)では、独自に開発したなめし技術で、「環境にやさしい革づくり」を行っています。また、“やさしい革”のコンセプトのもと、野生動物の皮をなめし、産地に還す活動にも力を注いでいるそうです。代表取締役社長の山口 明宏さんに、お話を伺いました。

山口産業の創立は1938(昭和13)年。山口さんは、三代目に当たります。
「1990年代に先代の父が開発した、環境にやさしいなめし技術である“ラセッテー”を取り入れ、人と自然と環境にやさしい革づくりをモットーに、さまざまなプロジェクトに取り組んでいます」と、山口さん。
その一つが、鹿や猪をはじめとする野生動物の皮を革に加工して産地に還す「MATAGIプロジェクト」です。

野生動物の皮をなめすことから始まった「MATAGIプロジェクト」

きっかけは、2008年のある朝、山口産業を訪れた2人の男性でした。
「お二人は、山陰地方の役場の担当者と北海道の蝦夷鹿団体の方でした。驚くことに、『捕獲した野生動物の皮をなめしてほしい』と、それぞれ猪と蝦夷鹿の皮を持参していらっしゃったのです。それまで野生動物の皮をなめしたことはありませんでしたが、試しに行ってみたところ、思いのほかいい革になりました」

当時一緒に働いていた二代目からは、「そんなの、商売にはならないだろう」と反対されたそうですが、それまでは知らなかった鳥獣被害など、さまざまな環境問題と皮革をつなぐことができると知り、「おもしろいことになりそうだ」とプロジェクトを立ち上げたそう。獣皮の預かりは、個人、猟友会、民間企業、自治体など関係なく1枚から受け付け、日本全国、誰でも参加できるようにしました。

「MATAGIプロジェクト」では、「ラセッテー製法」という山口産業ならではの技術で獣皮をなめしています。

皮のなめし技術は、大きく分けて、塩基性硫酸クロムなど重金属系の工業薬品を使う「クロムなめし」と、植物タンニンを使った「タンニンなめし」がありますが、現在、世界中のなめしの大半は「クロムなめし」となっています。

一方、ラセッテー製法による「ラセッテーなめし」は、山口産業独自の製法であり、タンニンなめしの一種で、ミモザの枝や幹を粉砕した植物タンニンのみを使用。クロムなどの化学薬品をいっさい使わずに皮をなめしています。また、焼却処分後、土に還すことができるため、地球環境への負荷がとても少ないのが特長です。もちろん、赤ちゃんや敏感肌の人でも安心して使うことができます。

MATAGIプロジェクトを始めた当時、山口産業ではクロムなめしも行っていましたが、「野生動物をなめすのだからこそ、安心して土に還せるものを」という考えのもと、ラセッテーなめしのみで行おうと決めたそうです。

産地から送られてきた獣皮は、動物の毛が付いたままの状態で塩漬けにします。こうすることで腐敗を防ぎ、2か月ほどはこのままの状態で保管ができるそう。なめす前には、汚れや塩分を落としたり、毛を分離させるなどの前処理を行います。

前処理を行ったあとの皮は、なめし剤と共に巨大なドラム槽に投入され、グルグルと回転させながらなめしていきます。野生の皮が“革”になるまでには、約2週間かかるそう。

なめしたあとの革は、乾燥室でよく乾燥させたのち、縮んだ繊維を平らに伸ばし、製品加工のしやすい状態にします。

なめしてからよく乾燥させた鹿の革は、手でもむと驚くほどやわらかな手触りに。しっとりと上質な触り心地で、ここからどんなものが生まれるのか、イメージするのも楽しい時間です。

猟銃で撃たれた際にできたとみられる穴があいていたり、傷や虫食いがあったり…。野生動物の皮を利用しているからこそ、同じものが一つも存在しないのが、獣皮素材の魅力です。

レザーを染めるために使う染料も、クロムなどが入っていない環境にやさしいものを選んでいるそう。染める時は、巨大なドラム槽を洗濯機のように回転させることで、革に染料を染み込ませます。

猪や鹿はもちろん、熊やキョンなどの皮の持ち込みもあるそうです。

加工品にしたあとに残った革の再利用なども行っています。こちらの照明は、猪の皮をはいだ時に付いた傷を生かし、傷跡から自然と明かりがもれ出すデザインになっています。
「いただいた命の皮を、最後の1枚まで使い切る」という山口さんの思いがよく表れています。

「2008年に始まったMATAGIプロジェクトは、現在では北海道の蝦夷鹿から屋久島の屋久鹿まで、日本中の野生動物の皮をなめしてお戻ししています。その数は、これまでに400か所に上ります。ファッション用品や生活用品として獣皮を活用すべく、今も活動が広がっています」

産地と作り手を結ぶ新たな取り組みも

皮から革へと加工された素材は、産地に還り、新たな品へと生まれ変わります。順調に規模を拡大していったMATAGIプロジェクトですが、新たな問題が発生したと、山口さんは言います。

「皮をなめして産地に還すまではいいのですが、その先どうしたらよいのかという課題が出てきました。私はあくまでも皮のなめしが専門で、革製品を作る技術はありません。それは、皮を持ち込んでくる猟師さんや農家さん、自治体の方々なども同じです。せっかくなめした野生動物の革を有効活用して、その土地ならではの魅力にするには、限界が出てきたのです。そこで、産地と作り手をつなげる循環型のシステムを作ろうと、『レザーサーカス』というプロジェクトを立ち上げました」

現在、国産スニーカーメーカーの「スピングルムーヴ」では、蝦夷鹿を使った革靴を販売。香川県の手袋で知られる「スワニー」では、蝦夷鹿のスキー用手袋を製造・販売するなど、多方面でのつながりが生まれています。

また、地球や自然環境、働く人にもやさしいラセッテーなめし製法で作られる“やさしい革”の活用をはじめ、捕獲により命を奪ってしまった野生動物を最後まで使い切る精神を次世代へとつなげていくため、2017年には「一般社団法人 やさしい革」を立ち上げました。

「工場排水のクロムがゼロ」「仕事のストレスがゼロ」「動物のストレスがゼロ」「不公平・不公正な取引がゼロ」と4つのゼロ目標を掲げ、環境配慮と皮革産業の持続化に取り組んでいるそうです。

「人にも自然にも環境にもやさしい革づくりがすべての基本」という山口さんの挑戦は、まだまだ続きそうです。

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