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蝦夷鹿肉の価値を高める仕組み作りに尽力。未来へとつなぐ活動も「エゾシカ食肉事業協同組合」代表理事組合長・曽我部 元親

北海道 エゾジカ レトルト
2022.01.05

北海道のみに生息する蝦夷鹿は、かつて大雪や乱獲により一時絶滅寸前まで激減しました。しかし、その後の保護政策や生息環境の改変などによって、生息数が急増。それに伴い、農林業の被害の拡大や森の生態系バランスが崩れるなど、自然環境への影響が出るようになってきました。また、自動車や列車との衝突事故が増えるなど、人間の暮らしへの影響も少なくありません。そのため北海道庁では、1990年代から個体数の把握やハンター育成などの管理体制を強化、加えて蝦夷鹿を有効活用するため、食肉利用としての取り組みなどを進めてきました。

蝦夷鹿を安全安心な食肉として有効活用しようと、2006年、北海道内で蝦夷鹿の処理加工を手がける7社が「エゾシカ食肉事業協同組合」を設立しました。
「蝦夷鹿の需要が拡大した時に大口取引を行いやすくすることと、それまで確立されていなかった衛生管理や処理技術の向上が目的でした」と話すのは、同組合代表理事組合長の曽我部 元親(そがべ もとちか)さん。

最初に取り組んだのは、捕獲から解体に至るまでの衛生的な処理方法について、具体的な基準を設けた衛生処理マニュアルを作ることだったそうです。
「設立当初、販路拡大のために売り込みに行くと、『本当に安全なのか?』という声を多くいただきました。従来、野生動物である蝦夷鹿の肉は、ハンターが狩猟し、倉庫などで解体して食肉にするというイメージが強く、消費者にとっては、処理時の衛生管理が不安という印象が根強くあったのです。そこで、牛や豚といった家畜と同じように、衛生処理に関するマニュアルを作り、まずは安全性を確かにしようと取り組みました」

衛生的な解体・加工処理を徹底し、蝦夷鹿肉への信頼を獲得

同年(2006年)中には、北海道や一般社団法人エゾシカ協会と共に取り組んでいた「エゾシカ衛生処理マニュアル」が定められました。これは、食肉になることを前提に、衛生的な処理ができるよう、捕獲から解体に至るまでの基準を設けたマニュアルです。

翌2007年には、組合加盟の事業者すべてが本マニュアルに基づいた衛生的な加工処理を行いました。さらに2015年に高度な衛生管理を行うエゾシカ肉処理施設を認証する制度の創設を受けて、本制度の認証を取得した施設となりました。

衛生管理技術が向上し、いよいよ組合として肉を出荷することになりましたが、ここでも問題が発生。
「例えば、ロース肉一つにしても、A社のものは脂がない、B社のものは脂付きなど加工処理がバラバラ。組合の品として出荷するためには、各社から納品されたものを再度整える必要がありました。そのため、カット処理方法を統一しようと数年かけて指導。今ではどの施設から出荷されても、商品にバラツキはありません」

衛生処理マニュアルに加えて、「HACCP(ハサップ)」(※食品の衛生管理システム)の考えを取り入れた生産管理を目指し、安全安心な肉の生産にも注力。また、年齢や性別、捕獲方法等を区別した蝦夷鹿肉の等級分けを行い、料理人や消費者のリクエストに応じて肉を選べるようにもしています。

また組合では、北海道内の3か所で「一時養鹿(いちじようろく)」も行っています。一時養鹿とは、冬の間に捕獲した蝦夷鹿を、出荷するまで短期間一時的に飼育するシステムのこと。家畜のように畜舎で飼うのではなく、山を囲い込んだ場所に放します。与えるエサも特別なものではなく、牧草を中心にビートパルプなどだそうです。

「家畜と違って蝦夷鹿は野生動物なので、常に一定量を捕獲できるとは限りません。ですから、主に冬の間に捕獲して、一時的に養鹿することで、肉を安定的に生産・供給できるようにしています」と、曽我部さん。写真は処理後の鹿肉(写真上)。

飲食店からスーパーマーケットまで、販路を拡大

蝦夷鹿肉の主な販売先は、レストランやホテルが中心だったそうです。
「2006年の組合発足当初、フレンチレストランやホテルなどでジビエ料理の材料として使われている鹿肉の大半は、ニュージーランド産が占めていました。そのため、蝦夷鹿肉の美味しさや安全性を知ってもらおうと取り組み、徐々にその魅力が認められるようになりました。今では道内だけでなく、全国各地の飲食店に肉を卸しています」

2013年には、スーパーマーケット「コープさっぽろ」の一部の店舗でステーキ用やしゃぶしゃぶ用など、蝦夷鹿肉の精肉(生)の販売がスタート。
「スーパーマーケットで生鮮の精肉を扱ってもらうのは初の試み。それだけに、出荷にあたっては高度な衛生管理での処理を徹底するのはもちろん、解体時にはと畜場と同様に、獣医師による全頭検査も実施するなど、家庭でも安心して食べていただけるように取り組んでいます」
現在では、道内10店舗で常時、精肉(生)を購入できるそうです。

スーパーマーケットでの取り扱いが可能になったことで、販売数は急増。また栄養価の高さも、売上増加の一因だそうで、
「蝦夷鹿肉は赤身が主体で、鉄分がたいへん豊富です。高タンパクで低脂質なので、健康的にダイエットをしたい方や普段から運動をされている方などに好まれています」

その他、蝦夷鹿肉をじっくり煮込み、旨味が詰まった定番商品の缶詰3種(各130g、600円・税込)やレトルトカレーやジャーキー、味付け肉など、蝦夷鹿肉を使った加工品の開発や生産にも取り組んでいます。北海道内のスーパーマーケットなどのほか、組合のネットショップでも購入できます。

これらの取り組みが評価され、2018年度には鳥獣対策優良活動表彰の農林水産大臣賞を受賞しました。

学生へのインターンシップ事業等もスタート

組合設立から15年が経ち、「道内での蝦夷鹿肉の認知度は各段に広がった」と曽我部さん。これからの課題は、蝦夷鹿の有効活用を次世代につなぐことだと言います。

「駆除された蝦夷鹿の活用は進んでいますが、まだまだ多くは廃棄処分されています。本当の意味で私たちの暮らしに定着させるためには、長い時間がかかるでしょう。ですから、次世代を担う学生たちに、蝦夷鹿加工の魅力と可能性を知ってもらうため、狩猟方法や食肉処理加工の現場、皮を使ってのモノ作りなどの体験を通じて蝦夷鹿の可能性を考えてもらう、インターンシップなどの事業も行っています」

蝦夷鹿による社会課題や有効活用に向けた取り組みなどを知ってもらうための講習も行っているという曽我部さん。今後の展望を尋ねると、
「新型コロナウイルス感染症の流行は、蝦夷鹿肉の販売にも大きな影響を与えています。しかし、日本全国にジビエを食べる習慣を根付かせ、蝦夷鹿肉を衛生的で安心、価値ある肉として広めていきたいとの思いは変わりません。適切な狩猟法と食肉処理を施された蝦夷鹿の肉は、クセがなく、あっさりとした味わい。この美味しさは、ぜひとも食べて実感していただきたいですね」と、返ってきました。

食肉としての蝦夷鹿の価値を知り、美味しく味わうことは、北海道の豊かな自然の保全、人と蝦夷鹿の共生関係を未来へとつなぐための価値ある一歩となりそうです。

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