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地元の猪で地域を盛り上げる!若者とお母さんたちの軌跡「おおち山くじらブランド」

イノシシ 通販・お取り寄せ 革製品
2021.03.16

美郷町(みさとちょう)は島根県中央部に位置し、かつては石見銀山大森から尾道まで銀を運んだ「石見銀山街道」が史跡として残る町。さらには地元でとれた“山くじら”(猪)が有名で、住民と行政が一体となった取り組みを行い、地域ブランド「おおち山くじら」(以下、山くじらブランド)は、今では全国から視察が来るほどになりました。

“害”を“宝”に変える! 野生の猪が町と人を活性化

視察団の目当ての一つが「株式会社おおち山くじら」(以下、おおち山くじら)。1990年代に猪による農作物被害が深刻になったのを契機に、それまで害獣駆除を地元の猟友会に任せきりにしていた体制を変更。農業従事者も狩猟免許を取得して、1999年に旧邑智町(きゅう・おおちちょう)にて駆除班を結成しました。その後、駆除した猪の肉を利用するために「おおち山くじら生産者組合」(以下、生産者組合)を2004年に設立。現在では「おおち山くじら」に事業が引き継がれて、良質な猪肉の加工と販売を行なっています。

中国で生まれ神奈川で育った生産部の嵇(じ) 亮さんがこの仕事に携わるようになったのも、小さな偶然がきっかけでした。
「前身の生産者組合は、当時地域おこし協力隊が中心となって運営をしていましたが、猪をさばいているのが男性1人だけ。誰か手伝ってくれる人が欲しいという書き込みをブログで見て…。当時仕事を辞めて就職活動をしていましたが、どの仕事にも興味を持てなかったのに、この仕事にピン!ときたのです」と嵇さん。

2016年に就職するために美郷町に移住し、狩猟・罠免許を取得。肉の解体を一手に引き受けています。「とにかく肉をさばくのが楽しい。そして飽きない」と語る嵇さん。

「1日ですべての解体作業をするわけではありません。猪が10頭ほど運ばれてきたら、まずは全頭の内臓を出して冷蔵庫へ、また別の日に皮を剥いで冷蔵庫へ、そして骨を外して塊肉にして冷凍庫に入れるといったプロセスです。冷凍庫に入れるまで約1週間をめどにしています。脂がのった猪ほど丁寧に扱わないといけないので、時間はかかりますね」

2020年には新しい食肉処理施設が完成。力が弱い人でも一人で肉をさばけるように、体力的に無理なく作業のできる設備に整えました。
「水害があって以前の施設が流されてしまい、一新しました。この会社に入ってから、毎年なんらかの“イベント”というか、ハプニングが起こっていて…(笑)。それを皆で力を合わせて乗り越えています」と嵇さん。

しかし、施設を新しくして作業がしやすくなっても、課題はいつもあると言います。
「施設は多額の借金をして作りました。だから、もっと猪の取り扱いを増やさないといけないのですが、供給量が足りません。また、もし増えたとしても僕一人で解体が間に合わなくなると考えると、部下を育てていかないと…」と悩みを語ります。

代表取締役社長の森田 朱音(あかね)さんは、地域おこし協力隊員として生産者組合時代から事業に携わり、そのまま社長に就任。缶詰加工や、メディアでのPRを担っています。福岡県出身で、東京などで働いたのち美郷町に移住。この町のゆるい感じの空気や、居心地のよさが定住の理由だそうです。
「地元の方が獲ってくださった猪がないと私たちの商売は成り立ちません。町が一丸となって“山くじら”を盛り立てているのが、やり甲斐になっています」と森田さん。

「イノシシ肉のポトフ」(1,264円・税込)、「イノシシ肉と大豆のキーマカレー」(540円・税込)といった缶詰をはじめ、メディアにもたくさん取り上げられ、「山くじらブランド」の認知度は上がりましたが、2020年はコロナ禍でレストランなど飲食店からの精肉の注文が減り、売上が激減。一難去ってまた一難…。

しかし「うちは会社組織ですが、独立採算の個人事業主に近いのです。『自分の仕事は自分でとって、稼ぎましょう!』とはっぱをかけています」と森田さんは朗らかに笑います。嵇さんとの間柄は“戦友”に近いとも。いろいろなハプニングが起こっても、時間が過ぎれば笑い話になる…。未来だけを見て活動しているおふたりと、「おおち山くじら」のこれからにも注目です。

猪は敵ではなく、人の縁を繋ぐ幸せの存在——美郷町 青空クラフト

そして、もう一つの美郷町の「山くじらブランド」の目玉といえば、猪の皮革製品です。

バッグ、財布、キーケース、名刺入れなどのアイテムを作るのが、地元のベテラン女性たちが中心となって結成した「美郷町 青空クラフト」(以下、青空クラフト)。「おおち山くじら」から仕入れた皮を、東京の皮革製造工場に送り、染色してなめしたものが材料。以前は捨てられていた皮を再利用し製品にすることで、町や町民の活性化にも繋がっているのです。

そのキーマンとなるのが、「美郷町役場山くじらブランド推進課」課長の安田 亮さん(写真左・以下、安田さん)と、「青空クラフト」代表の安田 兼子さん(写真右・以下、兼子さん)です。

安田さんは、鳥獣被害に対抗するため、前述の駆除班結成から尽力してきた立役者。
「その後立ち上がった生産者組合も公的な補助金を当てにせず、ずっと自立的に活動してきました。だからこそ活動が一過性で終わらず、20年以上も続いてきたのです。それが評価されて、1つの県を除き、全国46の都道府県が視察に来ました。今後、麻布大学のフィールドワークセンターがここに設立されます」と胸を張ります。

「青空クラフト」の原型は地元の婦人会組織。婦人会を牽引してきた兼子さんによると…
「鳥獣被害の情報交換を行う『山くじらフォーラム』が10年ほど前に開催された時、素晴らしい革のハンドバッグを作った方が1位を取っていて…。それに影響を受けて私たちも作ってみようかと。その流れで『青空クラフト』が結成され、毎週水曜に集会所に集まり、革製品を作るようになったのです」と結成の経緯を話してくださいました。

レッド、ブラウン、キャメル、ブルーと、色鮮やかでつやつやと光り輝く革が並ぶ、集会所の一角。縫製工場に勤めていた女性が指導役となり、デザイン、型紙起こし、縫製などをすべて自分たちの手で行なっています。会員は平均年齢70歳で、会員数は10人前後。

一つ一つ丁寧に針を刺していきますが、“縫目”の幅が安定するようになるまでには時間がかかるとか。また部位によって革のなめらかさが違うので、毎回同じものに仕上がらないのが難しい点だそう。

モノにもよりますが、キーケースは1,000円~、長財布ならば20,000円(各税込)ほど。現在は美郷町を訪れる人に販売をしていますが、使い込むほどに味わいが増す、世界に一つしかないオンリーワンアイテムということもあり、リピーターからの注文も多いそう。

売上はすべて材料費や運営費に費やされ、会員への報酬はありません。
「お金ではないのです。皆ここに来ることで元気を保っているようですし、生き甲斐になっているのが続ける理由です。若い人たちが『おばちゃんたちが頑張っているんだから、自分たちも頑張らないけん!』と言ってくれたり、全国から視察に来られたりするのも励みになっています。できるだけ活動を長く続けていきたいですね」と兼子さん。

田畑に被害をもたらす猪が、思いもかけず人の縁と幸せの縁を繋いでくれました。
「憎い相手ではないです。“猪さまさま”ですよ!」
そう微笑む町民の皆さんの言葉が胸に刺さりました。こういった取り組みが全国に広がり、「おおち山くじら」のような地域ブランドが増えることに期待したいですね。

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