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猪肉や鹿肉を板前の解釈で味わう。和食でいただく自然の恵み「割烹船生(ふにゅう)」東京都墨田区東駒形

東京都 和食 シカ イノシシ コース
2024.11.25

 

東京スカイツリー®や両国国技館を抱え、葛飾北斎が暮らした東京都墨田区。その西部に位置する本所吾妻橋(ほんじょあづまばし)駅から南に3分ほど歩くと、生成りののれんが風に揺れる「割烹船生」があります。秋晴れに誘われ、あえて隣の浅草駅で下車し、うららかに流れる隅田川を渡って訪ねました。

年季を感じる引き戸は滑らかに開き、ほどよい間隔で並ぶ椅子の向こうから約50種類の地酒が迎えてくれる評判のカウンター割烹。店を切り盛りする船生 宜之(ふにゅう よしゆき)さんの仕事ぶりや旬のひと皿はもちろん、魚が焼ける匂い、コトコトと肉を煮込む音、一期一会のうつわも肴に食通たちが夜な夜な語り合います。

栃木県日光市の兼業米農家に生まれた船生さん。母親は食への関心が高く、食卓にも玄米ごはんや無添加のおかずが登場し、菓子やケーキも手作りだったと言います。

「よく母を手伝っていたので、当時から『調理して人に食べてもらう幸せ』を知っていました。高校時代にはグルメ漫画を読み漁り、3年生の夏に『料理の世界で生きよう』と決意します。そして卒業後は専門学校に入り、和食店でもアルバイトをして腕を磨きました」

やがてバイト先の親方に「懐石料理の最高峰に就職したい」と相談して紹介されたのが「なだ万本店 山茶花荘(さざんかそう)」。味はもちろん、食器や空間、接客などの全てが洗練されており、迷わず門を叩きました。

「食材も築地で一、二を争うような品質でした。若いうちに一流を見て、触れて、先輩方の技や熱意を肌で感じられたのは財産です。あらゆる領域における目利き力を育ててくれたことに感謝しています」

その後は都内のホテルや神楽坂の割烹を経て2011年に「割烹 船生」を開業。きっかけは東日本大震災でした。

「社会人になった当初は自分の店を構える意気込みでしたが、現実を知り、従業員という安定的な立場もあって次第に独立心が薄れていきました。しかし震災が『人生は一度きりだ』と目を覚ましてくれましたね。あのころは銀座の料理屋で店長を任されていましたが、思い切って独立しました」

近年の物価高に苦戦しながらも、開業時から心がけているのは「食べて飲んで1万円でお釣りがくる店」。正統派の和食を気軽に楽しめるとSNSなどで聞きつけた外国人も頻繁に訪れます。

肉へのアプローチは千差万別。農林水産省のセミナーを機にジビエと本気で向き合うように

船生さんが本格的にジビエを扱うようになったのは、農林水産省補助事業にて開催された料理人向けのセミナーに参加してから。鹿肉や猪肉が地域資源として活用されている背景を知るとともに、各部位を食べ比べたりして、和食との相性の良さを感じたと話します。

「私のグループにはフレンチや中華をはじめ全国から約20人のシェフが名を連ねていました。特に刺激を受けたのは各自が作ったジビエ料理の試食です。『ここまで多様な解釈があるのか』と感動するとともに創作意欲がかき立てられました」

船生さんは下処理のクオリティから、セミナーの中で知った千葉県木更津市の施設からの仕入れを選択。骨や筋がきれいに取り除かれ、調理の手間が増えず助かっているとのことです。

猪のバラ肉は脂がとろけるまで煮込んでみそ仕立てに。食感の妙味が楽しいひと品

「割烹 船生」の看板メニューは税込み7,500円の「旬菜コース6品」。秋にはサンマや松茸、冬にはカニなどがお目見えする締めの「土鍋の炊き込みご飯」も好評ですが、小鉢15品を一堂に並べた豪華絢爛な「八寸盛り合わせ」も目や舌をとりこにします。

「ジビエ料理はいい肉が手に入った時にこの八寸で提供しています。今日は脂身の厚みたっぷりな猪のバラ肉と、赤身が美しい鹿のヒレ肉を使ってひと品ずつ用意しますね」

まず猪のバラ肉は、ひと口大に切って昆布や生姜と共に圧力鍋で煮込み、冷ましてから仕上げに酒かすと田舎みそを投入。一昼夜は置いて味をしみ込ませ、食べごろを迎えたら再び加熱し、里イモ、ナス、水菜を添えて供します。

「猪料理の代表格・ぼたん鍋もみそ仕立てですよね。田舎みそはこくも香りも豊かなので好相性と思い考案しました」

さっそく箸を入れると、ほろっと身が崩れ、みそだれによく絡めて口の中へ。初めに脂身が溶け、まったりとした甘みに舌が包まれた後の余韻はさっぱり。赤身もしなやかな繊維質で風味が強く、房総の里山を駆け抜けドングリなどの木の実を頬張る姿が想像できます。

猪突猛進のイメージとは裏腹に繊細ささえ感じる食材。さらにねっとりとした里イモ、とろけるナス、アクセントの水菜からも船生さんによって計算されたひと皿だとわかります。

「ぜひ埼玉の辛口純米酒『神亀(しんかめ)』と合わせてほしいですね。たくましさや荒々しさを感じる一杯で熱燗も最高です。猪肉の味付けにも神亀の酒かすを使っているため至福のペアリングを堪能できるでしょう」

鹿ヒレ肉をしっとり仕上げる低温調理。ナシの果実味が赤身の味わいを引き立てる

もうひと品は鹿ヒレ肉のロースト。初めに密閉できる袋に入れ、真空状態で和食の定番である酒、醤油、みりんにひと晩漬け込み味を浸透させていきます。

その後は袋のまま70度の湯に入れ、4時間の低温調理で中心部まで加熱。脂肪分がほぼ無い部位のためパサついた食感になりやすいものの、適切に仕込んで温度を管理すればしっとり仕上げられる、と船生さん。

「鹿肉はスライスして時間が経つと空気に触れて鮮やかなロゼ色を帯びてきます。せっかくのカウンター割烹なので、そんな食材の変化も楽しんでほしいですね。鹿ヒレ肉は季節の果物と組み合わせることが多く、今日は千切りのナシに巻いてみました。さらにペースト状にした豆腐、薄紫色のカイワレ大根を乗せたら完成です」

和食の伝統調味料で“漬け”にした赤身はハムやローストビーフにも似たうるおいがあり、淡白にして噛むほどに旨味が広がります。狩猟時や解体時の扱いも妥当で臭みがなく、梨の優しい甘みと酸味、カイワレ大根のほのかな辛み、クリーミーな豆腐のソースも互いに主張し過ぎず「濃厚なソースやスパイスを使うだけがジビエ料理ではない」と再認識しました。

「こちらには石川県の純米酒『宗玄(そうげん)』が合うでしょう。能登半島地震や豪雨で被害を受けた珠洲市にあり個人的にも強く応援している銘柄です。地元産の酒米を多用するなど郷土愛を感じる点も好きですね。丸みのある味わい、旨味と酸味のバランス、すっきりとしたのど越しが鹿肉の後味を引き立てます」

自分に納得し、喜ばれるジビエ料理を提供し続けるために、豊かな野山をいつまでも

紹介した2品は相談すれば単品でも提供可能。さらに「猪のバラ肉はスライスしてしゃぶしゃぶにも。良質な肩ロースを入荷したら焼いて生姜醤油で提供してみよう」「鹿のヒレ肉は西京みそに漬け込み、あぶって香ばしさを出しても旨いだろう」と、船生さんのアイデアは尽きません。

「近年は野生動物による食害がフォーカスされ、街に姿を表せば大騒ぎになりますが、そもそも彼らのテリトリーを脅かしているのは人間ですよね。結果的に私はジビエの魅力や奥深さに触れていますが、やはり命をいただいていることは料理を通じて伝えたいです」

豊かな野山がいつまでも残ってほしいと船生さん。餌となる植物や昆虫が減り、やせ細った猪や鹿の肉はプロとして提供できないと続けます。

「森を闊歩(かっぽ)し、春の新芽や夏の果実、秋の木の実でのびのび育った個体が美味しくなるのは当然です。料理人として大切にしたいことを、これからも皿の上に表現していきたいですね」

  • ジビエトの掲載店舗は「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」に基づいた仕入れ、加熱調理等がされていることを確認しています。
  • 掲載内容は取材時のものです。営業時間などの最新情報はお出かけ前に各店舗の公式HP等にてご確認ください。
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