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パリやブルターニュ地方でジビエに惚れ込み、集大成は故郷のシェフ兼ハンター「フレンチ ラパンアジル」静岡県沼津市

静岡県 フレンチ ステーキ・バーベキュー 煮込み パテ ハム シカ イノシシ
2025.03.11

富士山の絶景の宝庫として知られ、愛鷹山(あしたかやま)や駿河湾などの豊かな自然に囲まれた静岡県沼津市。JR沼津駅北口からロータリー沿いを左方向に進むと、青と黒の外壁が目を引く「ココチホテル沼津」が見えてきます。その2階にあるのが、地元出身のシェフ・吉田 泰穂(やすほ)さんが営む「フレンチ ラパンアジル」。自らも山に入り、ハンター仲間のジビエ処理施設から仕入れた肉で沼津の方々や旅行で訪れた皆さんをもてなします。

実家も長年にわたり飲食店を営んでいたという吉田さん。美味しい料理を提供することでみんなが喜ぶ様子を見て「自分もこの道を極めよう」と思い立ったのが今に至るきっかけです。

「キャリアをスタートさせたのは地元沼津のレストランです。その後は『より厳しい環境で王道のフレンチを学びたい』と都内に出て複数の店で修業を積みました。さらに上のレベルを求めて渡仏し、パリやブルターニュ地方で腕を磨きましたね。野生の肉を調理する日々を過ごし、文献も通じて奥深さを知るなかで『自分の店を持つならジビエを提供しよう』と2001年に始めたのが『フレンチ ラパンアジル』です」

店名はフランス語で「すばしっこいウサギ」の意味。自身は犬や猫のいる家庭で育ち、大人になっても動物が好きで、敬意を込めて命名したとか。そして沼津で開業したのは、自らの故郷であり、新鮮な海と山の恵みがすぐそばにあるから。

「山菜や果物、深海魚の他、沼津はブランド牛の『あしたか牛』も有名です。しかも古くから狩猟が盛んで、すでに私が子どものころには多くの鹿猟師がいました。これらの多彩な食材を地元の方や観光客にリーズナブルに提供しようと、店をオープンした次第です。静岡県産の食材を使い農林水産業や食文化に貢献してきたことから、おかげさまで2014年には静岡県から『ふじのくに食の都づくり仕事人』として表彰されました」

新作メニューは食材や使用する器もスタッフ全員で検討し、繰り返し試食。さらに客席の反応を互いに共有し、より高みを目指してブラッシュアップするのが特長です。

狩りのプロフェッショナルと熟成の達人―自然と生きる、猟師仲間のジビエ処理施設から届く鹿肉と猪肉

ジビエ料理用の肉を仕入れるジビエ処理施設は、沼津市の「髙竜ジビエ工房」と伊豆市の「イズシカ問屋」。いずれも吉田さんのハンター仲間です。

「私の知る限り、髙竜さんは狩猟の腕前が群を抜いています。世の中にハンターは一定数いますが、特に猪の体重やスピードを計算して的確に仕留め、迅速に運搬・解体できる人はそうそういません。ご夫婦で罠も仕掛け、養蜂家としての顔もお持ちですね。一方、イズシカさんは肉の加工や熟成で全国トップクラスです。冷蔵保管で不要な水分を減らしながら、旨味成分のアミノ酸を骨から肉に移していく技術に長けています」

それぞれの食材を仕入れるだけでも満足でしたが、吉田さんはさらにジビエの奥深さを知ろうと自ら狩猟や解体に参加するように。今では日曜ごとに山に入ります。

「自分が狩りに出て大きく変わったのは『料理にもっと魂を込めなければ』という意識です。確かに鹿や猪は人間にとって厄介な存在かもしれませんが、あくまでも命あるものですよね。料理人として、ハンターとして、肉も骨も今まで以上に使い尽くそうと工夫を重ねるようになりました」

また、先輩猟師と歩けば「ここはフキノトウがよく取れる」「もうすぐあそこにタラの芽が出てくる」と教わる機会も多いとのこと。風向きが変われば野生動物に自分たちの匂いを悟られ、狩猟が失敗に終わることも学びました。

「修業時代よりも料理につながる知見に触れていますね。自分が捕獲した鹿や猪はきれいに加工し、主に猟友会のバーベキューで楽しんでいます。動物や部位ごとの味わいや食感、昔ながらの郷土料理についても勉強させてもらっています」

ジビエの旨味や柔らかさを保つには低温調理が基本。淡泊な肉でいかに満足させられるかが腕の見せどころ

2025年2月のアラカルトメニューに登場したジビエ料理は、まずオードブルの「沼津産イノシシモモ肉のパテドカンパーニュに野菜のピクルスを添えて」(900円・税込)と「沼津産イノシシモモ肉の自家製スモークハム」(1,000円・税込)から。

田舎風パテには脂が乗った部位を選び、筋を取って口当たりを滑らかにして、赤ワインを効かせました。上から散らした胡椒、赤マスタードのコンフィチュール、蓮根のピクルスがアクセントに…。

 

自家製スモークハムは、同じく猪の脂身や玉ねぎを白ワインで煮込んでペースト状にしたアーモンド型のリエットと共に、長方形の黒パンや丸いパンに乗せて頂きます。ハムは70度の低温で2時間ほど火を通し、香り高くなるようスモークにかけました。

肉料理の「柔らかな伊豆鹿モモ肉のナヴァラン風煮込みに白カブと野菜を添えて」(1,700円・税込)は、フランス家庭料理の定番である肉とカブの煮込みにインスパイアされたひと皿。

鹿モモ肉を焼いて香ばしさを引き出し、トマトや玉ねぎ、シメジなどと一緒にコトコトと6時間ほど煮たら完成。さっぱりとした肉ととろけるカブの妙味がたまらず、パン(150円・税込)を何度もお代わりしたくなるでしょう。

そして最後にお目見えしたのは、柔らかい食感と旨味が損なわれないよう、肉の温度管理に細心の注意を払って仕上げる「鹿ロースのステーキ」(1,700円・税込)。

肉の周りに焼き色を付け、オーブンに入れたら中心温度を68度以上にキープ。十分に加熱したらトリュフのソースを添え、さらにスライスしたトリュフを散らして出来上がりです。

店にはソムリエの資格を持つスタッフもいて、各ジビエ料理によく合うワインも提案可能。なお吉田さんのおすすめは、山梨県の丹波山村(たばやまむら)で醸造されるジビエワインの「ぶち」です。

現地では猟師を「鉄砲ぶち」と呼び、狩猟の村から生まれたワインなのでこの名前が付いたとか。吉田さんのジビエ料理はもちろん海外の銘柄とも相性が良いそうです。

「野生の肉は全体的にヘルシーで淡白です。どのようなソースを合わせれば最高のひと皿が完成するのか、季節ごとの野菜や果物、スパイスなども計算しながらイメージを高めています」

沼津の特産品・みかんが獣害に遭うことも。「捕獲してくれて、美味しく食べさせてくれてありがとう」

農家や農協職員の常連客も多く、鹿や猪による被害について話を聞くことも多いと吉田さん。沼津は「西浦みかん」の名産地であり、なかでも高級品種「寿太郎(じゅたろう)」の苗木や若葉が狙われてしまうこともあると話します。

「せっかく間引いて残したとびきりの苗木を野生動物に食べられ、落ち込んでいる方も見かけます。被害を防いでほしいと猟友会に依頼があれば、私も狩りに参加しますね。お客さまに『鹿や猪を捕獲してくれて、しかも美味しく食べさせてくれてありがとう』と感謝されるのがシェフ兼ハンターの醍醐味でしょうか」

ジビエは自然の味をダイレクトに享受できる一方、家畜のように人間が生育をコントロールできない難しさも。発情期は臭いが増すなど、慎重に見極めて狩猟し、適切に処理加工する必要があると改めて実感しています。

「私が肉を仕入れるプロの生産者たちは、こうした細部まで見極めています。料理人として解体の様子を見学していると『吉田君、あんたハンターなのにしょっちゅう来るね』なんて言われたりしますね。それぐらいジビエが好きです」

 

  • ジビエトの掲載店舗は「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」に基づいた仕入れ、加熱調理等がされていることを確認しています。
  • 掲載内容は取材時のものです。営業時間などの最新情報はお出かけ前に各店舗の公式HP等にてご確認ください。
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