食肉処理施設を併設した民宿で、自然派オーナーの極上のおもてなし「農家民宿ひがし」長野県豊丘村

自然豊かな南信州に位置し、美しい山々や川に囲まれた長野県下伊那郡豊丘村。この地に、ジビエ料理がとても美味しい民宿「農家民宿ひがし」があります。

宿泊客は1日1組（収容定員10名）限定で、築100年以上の趣ある古民家に貸し切りで泊まることができます。

こちらを一人で切り盛りするのは、埼玉県越谷市出身、1981年生まれの壬生 紘彰（みぶ ひろあき）さん。大学卒業後の2004年にお父様の実家がある豊丘村に移住し、会社員生活を経て、2012年に民宿を開業しました。

この民宿はおじい様の家を改修したもの。敷地内には田畑もあり、宿泊客は収穫体験や田舎遊びを楽しめます。また、壬生さんが自費で建てた「伊那谷ジビエセンター」という食肉処理施設も併設。民宿で提供されるジビエ料理の肉はこちらで加工処理されています。

試行錯誤で開業した農家民宿と食肉処理施設

農家民宿を始めたきっかけは「都会の子どもたちに“田舎”を提供したかったから」と壬生さん。

「子どものころ、たまに遊びに行く自然に囲まれた祖父の家が大好きで、将来は田舎で自給自足の生活をしたいと思っていました」
その後、おじい様から受け継いだ家と田畑で、田舎暮らしの夢を叶えます。会社員として働くなかで、農家民宿を開業するという第二の夢が芽生え、就職後8年で農家民宿が実現。民宿誕生から10年経ち、都会のファミリー層を中心に、これまで多くの人々が訪れました。コロナ禍前は再訪率3割で、今もマスコミから取材されることがたびたびある人気の宿ですが、「ここまでの道のりは決して平坦ではなかった」と言います。

「移住当初、田舎なら自由に暮らせると安易に考えていたんですが、実際は地域付き合いが重要視され、窮屈さを感じる暮らしが精神的には厳しかったですね。この環境に慣れるまで3年かかりました」と、当時を思い出しながらしみじみと話してくれました。

農家民宿の開業を果たしたあと、新たな目標として取り組んだのがジビエ事業でした。「ジビエ料理を民宿でお出しするようになったのは、今の日本では捕獲した鹿の多くが廃棄されている、と知ったから。私はもともと動物好きなので、人間の都合で奪ってしまった鹿の命を、廃棄して“無駄”にしたくなかった。せめて食べることで供養し、命をありがたくいただくことが当たり前となる社会にすべきです。地域で捕獲した鹿はその地域で食材として活用する、これをモデル化して日本中に広めたい」

そんな思いを強くした壬生さんは、2015年に狩猟免許を取得。さらに、食肉処理業・食肉販売業の許可も取得し、2020年に食肉処理施設「伊那谷ジビエセンター」を敷地内に作りました。当初は村内でわなにかかった鹿を壬生さんが引き取って解体・加工し、食材にしていましたが、次第に引き取る鹿の頭数が増加。そこで、ジビエを商品化して、道の駅や通販での販売もスタートしました。

「食肉処理施設を作るには通常、建物の建設や設備の費用で1,000万円以上はかかります。私にはその予算がなかったので、まずはいろいろな施設を見学し、保健所の方々にたくさん相談しました。結果的に、建物に約300万円、内部設備に約100万円、計400万円程度で収めたんです」
都会から一人で移住し、田舎の環境に慣れ、農家民宿を開業、さらには食肉処理施設を作ってジビエ事業を本格化させる。ひとつひとつの夢を着実に実現させていった壬生さんの強い意志と行動力には、驚くばかりです。

希少部位や期間限定の肉も味わえる！ 信州鹿の贅沢飯

「農家民宿ひがし」のジビエ料理は常時7～8種類あり、すべて鹿肉を使っています。壬生さんのジビエ料理のこだわりは、肉を丁寧にトリミングすること。ブロック肉表面のスジや膜をきれいに取り除き、食べにくい固い部分をなくします。ジビエ料理を初めて食べるお客さんから「ジビエがこんなに食べやすいとは思わなかった」「本当に美味しい！」と驚かれるそうです。

では、特におすすめの料理3品をご紹介しましょう（すべて1泊2食付プランの夜のコース料理の一品。提供される料理はコースや日によって異なります）。

一品目は「鹿背ロースのロースト」。高級部位である背ロースを使った人気メニューです。ブロック肉の表面にすりおろしたニンニクを塗り込み、油を引いたフライパンで表面を軽く焼き、それから70～75℃の低温で真空ボイルしています。肉は火がしっかり通っているのに、やわらかくて食べやすいのが印象的です。閉じ込めた旨味が、肉を噛むごとにあふれ出て美味！ 「癖がなく、まるでローストビーフみたい」と感激するお客さんが多いのだとか。

続いて、「鹿内ロースの唐揚げ」。鹿肉の希少部位である内ロースを醤油とゴマ油、すりおろしたニンニクと生姜で下味を付け、唐揚げにしています。鹿肉特有の赤身肉の旨味が際立っており、高温調理なのにパサつくことなくしっとりやわらかいのが特徴。鶏の唐揚げとは全く異なる味わいですが、とても食べやすく、特にビールのお供に最高の一品です。

三品目は「鹿ミンチ100％ハンバーグ」。鹿は毎年8月下旬から9月中旬が繁殖期前で、肉に脂がたっぷりのります。鹿の猟期は11月中旬から翌年2月中旬までなので、繁殖期前の肉は猟期外となり、有害捕獲が許可されている地域でしか入手できず、希少価値大。鹿肉の脂はミルキーな風味とクリーミーな舌触りが特徴で、このハンバーグは有害捕獲をしている近隣の狩猟家から引き取った肉を100％使っており、贅沢の極みです。

なお、「農家民宿ひがし」では通販サイト「伊那谷ジビエ」も運営しており、良質の鹿肉やこだわりの農産物を購入できます。

「たれ漬け鹿肉（冷凍）」（写真左、230g 1,000円・税込、送料別）は、薄くスライスしたモモ肉を、豊丘村産リンゴたっぷりの甘めな自家製ダレで漬け込んだもの。味付けされているので、解凍してフライパンで焼くだけで美味しく食べられます。「鹿肉ジビエカレー（冷凍）」（写真右、220g 750円・税込、送料別）は、スネ肉をブロックのまま鍋で長時間煮込んだ本格派カレー。スネ肉を繊維に沿って糸状にやわらかくほぐし、上品な旨味を最大限引き出しています。具材は鹿スネ肉と玉ネギのみで、親しみやすいマイルドな味わいです。

昔話に出てきそうな懐かしい雰囲気の古民家で、田舎暮らしと美味しいジビエを堪能することができる「農家民宿ひがし」。自然をこよなく愛する壬生さんの温かなおもてなしを受けながら過ごす南信州でのひとときは、きっと一生忘れない思い出になることでしょう。