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数多のシェフが絶賛する鹿肉を岩手・大槌から届ける若手ハンター・兼澤 幸男 (鹿肉加工工場MOMIJI株式会社 代表)

2021.02.05

東日本大震災で甚大な被害を受けたことがまだ記憶に新しい、東北の三陸海岸にある岩手県大槌町。

今も着々と復興作業が続くこの町には、シンボル的な存在の島があります。NHK人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルとも言われる蓬莱島(ほうらいじま)です。

大槌の魅力は美しい海と景観。新巻鮭発祥の地とも呼ばれ、冬の時期は鮭が吊るされている光景が風物詩です。

沿岸部でありながら町の大部分を山林が占めるため、山の幸も豊富。

そんな大槌町に、各地の人気レストランのシェフなどから「ここの鹿肉を食べたらほかの肉は食べられない!」と絶賛される鹿肉加工工場があります。今回お話を伺ったのは、その工場を設立したハンター・兼澤 幸男さん、36歳。

船乗りとして活躍していた兼澤さんですが、震災で行方のわからなくなってしまった母親を探すため故郷・大槌町に戻ります。その後、地域のために力になれたらと思い、消防団やPTAなどに積極的に参加するうちに、鹿によって農地が荒らされていることを知り、2015年から狩猟を始めました。

しかし当時は原発事故の影響で、野生動物の食用は認められておらず、獲った鹿はすべて焼却処分。兼澤さんは心を痛め、「奪った命をきちんと活用したい」と2年半もの年月を費やし、県内初の規制解除にこぎ着けました。今では、岩手県指定の検査機関で放射線物質の全頭検査を行い、安心・安全・新鮮な鹿肉を提供できるようになりました。

また、兼澤さんもメンバーとなっている「大槌ジビエソーシャルプロジェクト」は、2017年より「ジビエ」に関わる社会的課題を持続的な仕組みで解決するため、有志のメンバーで検討された『大槌ジビエ勉強会』から始まったプロジェクトです。「害獣を町の財産に変える」という思いから、ハンター→狩猟→⾷⾁加⼯&革・⾓の製品化→商品流通→大槌産品ブランド化→雇用創出→若手育成→地域活性化…とバトンをつなげて好循環を⽣み出す“大槌ジビエサイクル”の実現を目指しています。

そして、ついに2020年5月、MOMIJI株式会社(以下、MOMIJI)を設立。岩手県初の鹿肉加工工場「ジビエWorks~三陸やま物語~」をスタートさせました。

コロナ禍にあっても“美味しい鹿肉が大槌にある”とシェフたちに広まる

「開業してすぐの緊急事態宣言…。飲食店が営業自粛をするなか、『鹿肉を卸す場所がない!』など、最初から苦労の連続。それでもネット販売を試みたり、キッチンカーで鹿の焼き肉やしゃぶしゃぶ、鹿カツなどのジビエ料理を振る舞うことで、『大槌の鹿肉が美味しい』『兼澤の鹿肉が旨い!』と言ってくれる人が徐々に増えていったんです」

MOMIJIの鹿肉の噂はシェフの間で広まり、県内外のホテルやレストランから注文が入るようになっていきました。その美味しさの秘密はどこにあるのでしょう…!?

「まず、大槌という場所。三陸海岸の内陸部に広がる北上山地は、ミズナラやコナラなどブナ科の落葉広葉樹やササの群生地が多く分布しています。その美味しいドングリなどの実をたっぷり食べて育っているからこそ、大槌の鹿肉は香りがよく脂のりがいいんですよ」
さらに、兼澤さんがジビエに活用するのは“若い”鹿のみ。かつ1時間以内に自社工場で処理をすることで、“旨味・やわらかさ・臭みのなさ”が飛び抜けていると高い評価を得ています。

害獣駆除を「かわいそう」という人も。しかし、自分がやらなければ…

「狩猟をすることについて『かわいそう…』と言う人もいます。けれど、被害を受けている人もいるからこそ、誰かがやらなければならない」と兼澤さんが言うように、現在の岩手県における鹿による農作物被害は年間約3億円にも上ると言われます。

その狩猟に同行させてもらいました。

午後3時過ぎの狩猟は雨上がり。モヤが出て視界が悪い中、車で兼澤さんの狩猟場である新山(しんやま)に向かいました。険しい山中をアトラクションのごとくガタゴト音を立てながら走り抜けます。

途中、皮がめくれた木を発見!鹿が角を磨いた跡。自然の中にいることを実感します。

鹿のけもの道も。ここに何頭もの鹿が暮らしていることがわかる、しっかりと踏み付けられた道です。

急に風が強まってモヤがさらに強くなり、雲行きも怪しくなってきました。

「夏の繁殖期ならあちこちで鹿が待っているんだけど…。今日はなかなか姿を見せないかもね」と少し険しい顔をしながら、音も立てずに足早に進む兼澤さん。

辺りを見渡し今日は鹿が出てきていないことを確認すると、穏やかな表情に戻り、こんなことを語り出しました。
「いつも狩猟に行く時は白の軽トラで出かけるんだけど、きっとね、鹿の親子はこんな会話をしていると思うんだよね」

***
母鹿「あ、白い軽トラが来たわ…」
子鹿「なになに? お母さん、どうしたの?」
母鹿「あの白い軽トラには気を付けなきゃダメよ。兼澤っていう大男が乗っているからね!」
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「なーんてね」とお茶目に笑う兼澤さん。「明日はきっと晴れるから、鹿に会えますよ」

ルールを課すことで、奪った命をより“価値あるもの”に変えるハンター術

翌朝は快晴。車を走らせ、夜明け時刻を待って狩猟のスタートです。狩猟場に到着すると、早々に兼澤さんが顔の前に指を1本立てました。

「(シィー)いるよ、(鹿の)親子が」

どうやら示された100m以上先の方向に、白い尻毛が生えた鹿のお尻が2つ、チラチラしているとのこと。小さすぎて枯れ木や石と区別が付かず凝視していると…

<バーン!!!!!>

銃声が空に鳴り響きました。

と同時に、兼澤さんは瞬く間に山を駆け下り、射止めた鹿の元へ。

鹿の心臓が動いているうちに素早く動脈にナイフを入れて放血。奪った0歳の雄鹿の命に手を合わせます。

「ジビエをより美味しく食べるには何よりも的確で丁寧な“血抜き”が物を言います。撃った瞬間に100m先の山道を駆け抜け、そのあと鹿を車の場所まで運ぶ。これはかなりの肉体労働。年をとったらなかなかできなくなるので、後進を育てたいという思いもあります」

あっという間に車に積んだら氷で鹿の体を冷やして自社の工場まで車を飛ばします。捕獲後の温度管理は肉の鮮度に影響するため、山から運搬する時の氷冷却は兼澤さんのマイルールの一つ。

ほかにも自分に厳しく課したルールがあると、兼澤さんが車の中で語ってくれました。
「鹿は加齢と共に肉が硬く匂いがきつくなるため、狙う鹿は1歳前後。群れの中でも小さな個体を狙いますが、食肉として使用する鹿は、雌なら4歳、雄は3歳までの若い鹿に限定。銃で狙うのは頭か首のみ。即死することで鹿に与えるストレスを極限に抑えられるので肉の質がよくなります。また、逆に狙うのが頭か首のみということは外す確率も高くなるので、もし当たらなければ怪我なく鹿は生き延びることができるんです」

「美味しいお肉として届けたい」。スピード最優先のため自社工場を設立

奪った命はすぐに処理を施します。美味しい肉として届けるためには何よりもスピードが大切。

狩猟の時のスタイルとうって変わり、白衣にエプロン、マスク、帽子、ゴム手袋、アームカバー、長靴などを身に着けた兼澤さんが登場。

肉を傷付けないように丁寧に皮を剥いだら、内臓を取り出し、ヒレ、ロース、モモ等部位ごとに肉を切り出していくのですが、その作業もすべて手早い…!

残っている毛を見つけたらその都度1本1本丁寧に取り除くなど、きめ細やかに目を配る注意力も必要。1頭にかかる処理時間は3時間にもなります…。

「2020年5月からこれまで170頭以上の鹿肉を処理・加工しました。1日3頭処理することもあり、これも体力勝負」と兼澤さんは言います。

「命は簡単に奪えますが、僕は奪った命を価値あるものに変えていきたい。だから、食肉処理施設を作るのは当然の流れでした。設備を作り、保健所の認可を受けるなど設立までの苦労はもちろん、ジビエを扱うというのは一筋縄ではいかず、手間がかかり、時間も体力も奪われますが、大槌の最高のジビエを多くの人に届けたいという思いを糧に頑張っています」

キレイに小分けして部位別に真空パックにしたら冷凍庫で保管。現在は事務所兼店舗での販売と、ネット通販などで兼澤さんの鹿肉を手に入れることができます。

鹿角や革もインテリア小物として息吹を与え、最後まで命に感謝

鹿肉加工工場の隣では兼澤さんの妻・華奈さんが鹿の角で作ったインテリア雑貨やアクセサリーの販売をしています。

「大槌に嫁いで来た時、主人のお爺様に初めて鹿の角を見せていただいたんです。率直にカッコいい!と思ったことがきっかけで、あまり加工せず角をおしゃれに飾ることができればと、マクラメ編タペストリーを作ったのが始まりです」と華奈さん。

兼澤さんの鹿への愛情をそばで見ていて、自分にも何かできることがないかと考えるようになったそう。昔から手先が器用で、角や空薬莢(からやっきょう ※銃砲の発射薬が空になった発砲後の容器)を使った小物を作ったり、スカルヘッドとスワッグ(※花や葉を束ねて壁にかける飾り)を組み合わせた角インテリアなどをインスタグラムにアップ、販売もしています。

鹿角・マクラメ編タペストリーは、中型サイズで8,000円(税抜)~。
「タペストリーは大きさやデザインにより値段は異なりますが、丁寧に編み込んでいくため、現在はオーダーで受注。制作には1か月の期間をいただいています」

角を短くカットし、ヤスリで磨いて作るドッグガムは、わんちゃんのデンタルケアにいいと大人気です(大型犬用2,100円、中型犬用1,600円、小型犬用1,300円・各税抜)。

狩猟・処理・加工は兼澤さん、インテリアグッズの加工・販売は奥様。そして、鹿肉加工工場の運営は夫婦で。いつでも二人三脚で力を合わせて鹿に向き合っているのが伺えました。

狩猟を始めた当初は「農家を苦しめる鹿が憎かった」という兼澤さんですが、お話しを聞くほどに、兼澤さんの全身から鹿への愛と大槌への思いがオーラとなってあふれているように感じました。奪った命を無駄にすることなく、より価値あるものに変えていく――。その思いを胸に、今日も兼澤さんは狩猟に出かけます。

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