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動物園の動物たちに鹿や猪を与える意味とは!? 獣害問題、環境エンリッチメント、SDGsに取り組む“屠体給餌”を実践「豊橋総合動植物公園のんほいパーク」愛知県豊橋市

愛知県 シカ
2022.02.02

近年、ジビエは身近な飲食店のメニューにも登場するなど、全国的に広まりつつあります。しかし、野生鳥獣による農作物被害も全国で問題となっており、捕獲された個体のうちジビエとして流通するのは、まだ1割ほど。そんななか、捕獲した野生鳥獣を活用した取組みの一つとして、動物園・水族館での「屠体給餌(とたいきゅうじ)」が注目されています。

「屠体給餌」とは、屠畜(とちく ※家畜などを食肉・皮革などにするために殺すこと)した動物を、毛や皮、骨が付いたままの野生本来の環境に近い状態で飼育動物に与える給餌方法のこと。欧米の動物園では、「環境エンリッチメント」(※動物福祉の観点から飼育動物の“幸福な暮らし”を実現するための方法)の考えのもと、自然に近い採食を再現する施策として実施されてきました。

全国の動物園や大学が共同で研究に取り組む

今回訪れた愛知県豊橋市の「豊橋総合動植物公園のんほいパーク」(以下、のんほいパーク)でも、動物たちに極力ストレスを与えないよう工夫された飼育がされています。

代表的なものは、国内最大級のゾウ放飼場。ほかにも、アフリカでの野生環境を再現した放飼場で、キリンとエランドや、グラントシマウマとダチョウを混合展示しています。

お話を伺ったのは、当園で研究員として活躍する伴 和幸さんです。伴さんが屠体給餌と出合ったのは9年前のこと。インターネットで屠体給餌に関する海外の論文を読んだのをきっかけに、独自に調査を開始。当時所属していた福岡県の「大牟田市動物園」で導入に挑戦しますが…
「国内での前例がなかったため、まずは精肉店や卸売業の方に話を聞いて回りました。しかし毛や皮が付いた状態での仕入れは困難とわかり、一時は諦めていました」と伴さん。

その後、野生鳥獣による被害問題を研究する九州大学の細谷 忠嗣(ただつぐ)准教授と出会います。2017年夏には、屋久島でヤクシカの捕獲や食肉処理加工に取り組む会社「ヤクニク屋」とタッグを組み、「ヤクシカZOOプロジェクト」を発足。

「当時は担当する動物への健康面の配慮から興味を持った屠体給餌でしたが、調べるうちに、日本の鳥獣被害に広く関わる問題だと気付き…」
同年冬には、非営利の任意団体「Wild meǽt Zoo(ワイルド ミート ズー)」を設立。国内で捕獲された野生動物を対象に、全国の動物園や大学と共同で研究をスタート。しかし、「野生動物を屠体給餌に利用するためには、感染症の問題を解決する必要がありました」と伴さん。試行錯誤しながら、福岡にある「糸島ジビエ研究所」のアドバイスによりたどり着いたのが、低温加熱殺菌による処理方法だったそうです。

その後、Wild meǽt Zooは「野生動物由来の屠体給餌マニュアル」の作成や、シンポジウム開催などにかかわります。

このWild meǽt Zooの取り組みに着目したのが、「のんほいパーク」の獣医師、吉川 雅己さんです。
「駆除された動物を活用するこの画期的な取り組みは、全国に広がると確信しました」と吉川さん。

すぐに伴さんのもとに向かった吉川さんは、屠体の仕入れ先や与え方などの指南を受けます。
「そのころ、マニュアルの基準をクリアした屠体の仕入れ先は九州にしかなく、餌としては高額なうえ、愛知県までの輸送費も高かったのですが…。来園者向けのイベントとして開催してみようと、2019年11月に試験的に導入することになりました」(吉川さん)

導入にあたり、職員からは「来園者に見せるのは残酷では?」といった声も上がりました。そこで吉川さんは 、このイベントを通して来園者に何を伝えたいのか、その意義を組織全体で共有。来園者には、なぜ駆除された野生動物を用いた屠体給餌を行うのか、丁寧な説明を行いました。

イベント当日、バリバリと音を立てて食らいつくライオン。「シカさんがかわいそう…」と言う子どもに対し、「あなたが大好きなお肉も、元々はこういう形をしているんだよ。感謝を忘れずに、これからは残さず食べようね」と親が話しかける姿が見られたそう。開催後に感想を聞いたところ「勉強になるので、今後も続けてください」「地元の鳥獣被害問題にも取り組んでほしい」など、多くの応援の声が寄せられました。

地域で捕獲した鹿を活用した屠体給餌に挑戦

2020年、愛知県北設楽郡東栄町の元町長から「駆除動物の活用方法はないか」と、「のんほいパーク」に相談が寄せられます。そこで屠体給餌の取り組みを紹介しますが、あいにく東栄町には食肉処理施設がありません。隣町の処理施設に委託を打診しますが、余力がないためと断られてしまいます。

そこで、東栄町の有志らが一念発起で設立したのが、新会社「株式会社 野生動物命のリレーPJ」。獣害で捕獲した鹿を動物園で餌として役立てる事業に取り組み始めます。

地域住民の理解と協力のもと、屠体給餌用に処理する施設を建設。同時に、Wild meǽt Zooのマニュアルや、のんほいパークスタッフからのアドバイスに従い、屠体の試作を繰り返します。

ともすれば「動物に与えるものだから」と、適切な扱いをされないこともある屠体。しかし、東栄町では人間が食べるジビエと同じ衛生管理基準を目指し、細菌検査なども繰り返し行い、2021年秋、ついにすべての課題をクリアしました。

さっそく「のんほいパーク」でも東栄町の施設から屠体を仕入れ、ライオンのアース君(オス・3歳)などに試験給餌が行われました。

2021年11月に実施された試験給餌では、鹿の前足1本がアース君に与えられました。

ライオンを獣舎に戻し、安全を確認後、飼育員が放飼場に屠体を置きます。

その後、解放されたライオンは屠体に向かって一直線。心なしか、足取りもウキウキしているよう。

屠体をガブリとくわえると、お気に入りの場所に移動します。その後、しばらく屠体を丁寧に舐め、食事の準備をしているよう…。

5分ほど経過してから、ようやくバリバリと音を立てながら食べ始めました。

今のお気に入りの場所は、通路につながる小高いスペースです。この日は40分ほどで食べ終わりましたが、日によっては1時間から2時間かけて食べることもあるそう。
「動物園の動物にとって、時間をかけて⾷事ができるのは、行動のニーズを満たすことであり、動物の福祉につながります」と伴さん。

食後は満足げな表情で、丁寧にグルーミングを行う様子も見られました。

「⾷後も消化に時間を要するため、休息時間が長くなります。屠体給餌は、彼らを精神的にも⾁体的にも健康にしてくれると確信しています」と伴さん。

「地域の獣害問題により捕獲された動物を活用した屠体給餌は、SDGsの17の目標のうち『12:つくる責任 つかう責任』(動物園のエシカル消費)、『13:気候変動に具体的な対策を』(餌の輸送コスト削減)、『17:パートナーシップで目標を達成しよう』(陸上生態系の保全)などを達成するものでもあります」と伴さんは言います。

動物園、植物園、自然史博物館が併設された日本唯一の総合公園「のんほいパーク」で、地域の鳥獣被害の問題、動物園に飼育されている動物の環境エンリッチメント、SDGsについて考えてみるのもいい機会になるでしょう。今後はコロナ禍での状況も注視しつつ、屠体給餌のイベント(毎月第2・第4日曜、9時30分~)も開催予定なので、ぜひ公式サイトでイベント情報をチェックしてみてください。

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